『史記』(季布伝)には「得黄金百斤 不如得季布一諾(黄金百斤より、季布の一諾がまし)」という一文がある。秦代末期、楚国の義士、季布が、信用をとても重んじ、約束は必ず守り通したことから、黄金百斤を得ることは、季布の一諾を得ることには及ばないと言われた。これが「一諾千金」の語の由来で、約束を守り、信用の厚いことが、昔から中国では美徳とされてきた。
二千数百年の歳月を経た今日でも、信用は、社会生活のキーワードとなっている。しかし、信用がますます必要になっているにもかかわらず、現代社会でもっとも不足しているのが、ほかならぬ信用である。
例えば、2004年に、国家発展改革委員会が、第11次五カ年規画(2006〜2010年)の策定に当たって、国内外の著名な専門家98人を対象に実施したアンケートでは、「中国が2010年までに直面しうる十大危機」の一つとして、信用の問題が取り上げられた。
「信用が不足すると、消費の抑制、投資の制約、国内総生産(GDP)の低下、金融リスクの増大、市場経済秩序の混乱など、その影響は国民経済の深層にまで及ぶ」と指摘した同アンケート結果は、約束を信用できない現代社会への警鐘といえよう。
その一方で、現在の中国においては、販売業者やサービス業者、製造業者らが、消費者に優れたサービスの提供を約束する経営戦略(中国では「社会サービス承諾」と呼ばれる)が、全国で盛んに行われている。
とくに、生き残りを賭けた熾烈な競争が展開されている今日、自社の商品を魅力的なものにするため、業者はさまざまな約束を打ち出している。「商品が粗悪品なら、代金の10倍返しで賠償する」といった約束が、キャッチフレーズのように、多くの百貨店などで見うけられる。
メーカーも、「商品修理交換返品責任規定」(中国での通称は「三包規定」)で定められた一年の保証期間を超える長期間の保証や「終身保証」など、いわゆる「過度の約束」をしている。こうした「千金に値する約束」は、消費者の購入意欲を刺激し、売上高の大幅増に大きく貢献した。
ところが、こんな約束が流行し始めた十数年前、その真価を問う人物がすでに現れていた。安徽省合肥市の王氏である。王氏は、「販売した商品が偽物ならば、代金の10倍で賠償する」と約束した同市の某百貨店(被告)から、東芝C2カラオケ機四台を計6120元で購入した。その後、東芝香港有限公司上海事務所に鑑定を依頼したところ、偽物であることが判明した。
王氏は、被告に対し、商品代金6120元の返還、その10倍の賠償金の支払等を求めて合肥市中区人民法院に訴えを提起した。同人民法院は、被告の約束は、関係法律の規定に反するため、法的効力を有しないと判示し、また、この偽物販売は詐欺行為に該当すると判断した上で、被告が原告に2倍額の1万2240元を支払うこと、原告がこの商品を被告に返還することを命じる判決を下した。
ここでいう「関係法律の規定」というのは、「商品又はサービス提供において、詐欺的行為があれば、経営者は、消費者に商品価格の倍額で損害賠償をしなければならない」と定めた『消費者権益保護法』第49条を指す。
しかしこの規定ゆえに、経営者のこうした約束は、法的効力をもちえないのかどうか、この点をめぐって激しい議論が展開された。
弁護士をはじめとする多くの法律家は、人民法院の立場は『消費者権益保護法』の立法趣旨に合致しない、と指摘している。同法第24条は、消費者に不利益な規定や経営者の責任を軽減・免除する規定を設けた場合、これを無効とする規定であるが、判例のように同法第49条を根拠に経営者の約束を無効としたのでは、経営者の法的責任を軽減・免除するに等しく、『消費者権益保護法』自体が矛盾を抱える結果となる、というのがその理由である。
経営者のこうした約束に法的効力を認めるこの見解は、説得力があるとして、現在ではほぼ通説として定着している。経営者が「一諾千金」を忘れた不誠実な態度でいると、「一諾が千金」の賠償となる憂き目に遭うことになる。
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