心の交流が生まれた
日本人女性たちの敬老院訪問
王浩=文 楊振生=写真

 故宮の北に位置する景山公園と北海公園の間は、灰色のレンガや瓦の平屋と胡同(横町)が広がり、昔ながらの北京の雰囲気が残る一帯だ。ここに、30人余りのお年寄りが静かに暮らす老人ホーム「什刹海金秋園敬老院」がある。

 北京日本人会の婦人委員会は、2005年から毎月1回、この金秋園を訪問。入居しているお年寄りたちとおしゃべりや散歩、ゲームをして交流するボランティア活動を行っている。

水曜日の金秋園

お年寄りと一緒に北海公園を散歩する柳岡美子さん(右)と梅野茜さん(中央)(北京日本人会提供)

 ある水曜日、金秋園から絶え間ない笑声が響いてきた。お年寄りたちと日本の女性たち十数人が一緒に歌を歌っているのだ。金秋園の入居者の平均年齢は80歳、最年長者は95歳になる。日本の女性たちは上手な中国語でお年寄りたちと言葉を交わす。耳の遠いお年寄りに対しては、耳の近くで話をする。

 北京日本人会の婦人委員会が行っている敬老院訪問には、夫の北京赴任に伴って北京で暮らす専業主婦や会社員、留学生などが参加している。2005年の夏から始まったこの活動は、特別な事情がない限り、毎月第2水曜日に開催される。

 どうして日本の女性たちが中国の老人ホームを訪問しているのだろうか? 婦人委員会委員長の柳岡美子さんは次のように説明する。「日中の経済交流が盛んになったことにより、たくさんの日本人が北京に常駐して仕事をしています。そして、余暇には一般の中国の方々と交流し、中国社会に少しでも役立つことをしたいと考えています。高齢化社会に突入しつつある中国で、私たちはお年寄りたちの力になりたいと思いました。これに対して、北京市中日友好協会の仲立ちで、金秋園が私たちの訪問を受け入れてくれたのです」

お年寄りたちと一緒にビンゴゲームをする日本人会の女性たち

 近くの学校の小中学生をはじめ、金秋園を訪れるボランティアは少なくない。外国人のボランティアも時々やってくる。そのなかで、日本人会のボランティアは定期的な訪問を続けている。金秋園の呉士珍院長はこれについて、「一昨年の夏から、日本の女性たちは毎月定期的に訪れてくれます。一度も中断したことがありません。しかも、毎回しっかりと準備をしてきます。歌を歌うときは、事前に中国語と日本語の歌詞を持ってきて、お年寄りたちに配ります。活動に必要な道具やプレゼントはもちろんのこと、前回撮った写真もプリントしてきてくれ、高齢者たちに配ります。こんなにきめ細かい心配りは、なかなかできることではありません」と語る。

 天気のいい日は、お年寄りたちの車椅子を押して、北海公園へ散歩に出かける。金秋園には常勤の職員が8人しかおらず、お年寄りたちと一緒に公園を散歩することは難しい。そこで、日本の女性たちがやってくる日は、30人余りの入居者が一緒に外出できるため、みんな大喜びだ。お年寄りたちは水曜日を待ちわびている。

真摯な交流

 北京日本人会は1989年の発足以来、植樹やバザーなど数多くのチャリティー活動を行ってきた。敬老院訪問は、婦人委員会の責任者である柳岡美子さん、梅野茜さん、浦田啓子さんの3人が主に担当している。

 専業主婦である3人は家事も忙しい。それでも、毎回の訪問をすばらしいものにするために、時間を捻出して綿密な計画をたて、準備をする。ほかの女性たちも、おいしいお菓子を作ったり、自分の子どもの二胡の先生を老人ホームに招いて、お年寄りたちが好きな曲を演奏してもらったりと、積極的に関わっている。

お年寄りたちとおしゃべりをする日本人女性

 毎回の訪問は半日程度だが、日本の女性たちはお年寄りと交流できることをうれしく思っている。この交流を通して一番強く感じたのは、「中国のお年寄りたちはとても明るく、人懐っこい」ということだ。

 柳岡さんは初めて金秋園を訪ねたときのことについて次のように語る。「日本人であるため、お年寄りたちに拒絶されるのではないかと心配していました。でも、みなさんの笑顔を見て安心しました。北京の生活には慣れたかなどと私の生活状況を尋ねてくれ、初めて会ったのに、まるで古くからの知り合いのように感じました。外国人に対してとてもオープンです。みなさんとの交流によって、北京での生活が豊かになりました」

 婦人委員会副委員長の梅野さんも、「日本より、中国のお年寄りのほうが明るくて、話がしやすい。自分の家族や子どもについて自然と話が及び、引き出しから子どもの写真を出して見せてくれました」と話す。

 日本の老人ホームにも行ったことがある浦田さんは、日本の老人ホームは病院のようだが、中国の老人ホームはもっと人間味にあふれていると語る。「日本と比べると、中国の老人ホームのほうが面白い。同じ部屋で暮らしているおばあさん二人が助け合っている姿に、とても感動しました」

 日本の女性たちの気配りや親切は、お年寄りたちにも深い印象を残している。86歳の林さんは、「日本の友人たちは親切でやさしい。私たちは、彼女たちがやってきて、たくさんの喜びをもたらしてくれるのを楽しみにしています」と話す。74歳の黄蓮さんも、「彼女たちはみんな礼儀正しくて、親しみを感じます」と語る。

お年寄りの相手をして中国将棋を指す日本人女性(北京日本人会提供)

 古稀は過ぎても、常日頃、本や新聞を読んでいるお年寄りたちは、政治にも強い関心を持っている。06年に安倍晋三氏が首相に就任したあと、あるお年寄りは日本の女性に「日本の首相が変わりました。私たちはこれからも仲良くしていかなければなりません」と話した。85歳の趙さんも、「歴史は過去のことです。過去を現在と一緒にしてはいけません。人間は前へ目を向けなければならないのです」と筆者に語った。

 この活動に同行したことがある中日友好協会都市・経済交流部の郭寧・副部長は次のように話す。「中国のお年寄りと日本の女性たちの交流は思いもよらないほど率直なものでした。あるお年寄りが抗日戦争のことに触れ、戦争によって中国人は大きな被害を受けたが、現在の日本国民を恨むべきではなく、私たちは友好関係を築くべきだと言いました。この一言により、話をしていた二人の間の疑問や心配が解消されました。普通の人たちが互いの気持ちを理解できてこそ、真の交流というものでしょう」

 日本人会の女性たちが中国のお年寄りと交流を続けてきたのは、まさにこのような真摯な交流のためだ。日系企業に勤める宮原亜矢子さんは、ふだん中国のお年寄りたちと交流する時間は多くないので、このような活動を大切にしていると語る。柳岡さんはお年寄りたちに会うたびに、日本にいる母親のことを思い出す。中国のお年寄りたちに対する親切は、必ず自分の母親の身に返ってくると考えているのだという。


 
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