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2006年、湖南師範大学を訪問し、中国の学生たちと交歓している創価大学の学生たち(「中国研究会」提供) |
今年の春、中国の温家宝総理が日本を訪問し、彼の「氷を融かす旅」という言葉は、いまや流行語となった。温家宝総理は日本での忙しい日程の中で、池田大作氏と会見した。双方は周恩来総理が中日両国の世々代々にわたる友好を深く望んでいたことを回顧するとともに、中日国交正常化35周年の今年、両国の青年交流をさらに一段と高い段階に引き上げなければならないと強調した。
1975年、池田大作氏が創設した創価大学は、初めて6人の中国からの留学生を受け入れ、両国の学生交流は幕を開けた。
1980年、創価大学は北京大学と交流協定を締結し、その後、続々と中国の三十数大学と交換留学生制度を確立し、人材を養成した。温家宝総理と池田氏との会見で、通訳を担当した張梅さんは、かつて中華全国青年連合会から創価大学に派遣された留学生である。
三十数年来、創価大学は、中国からの多くの留学生を受け入れ、そして送り出してきた。同校の学生たちも、日本と中国とのさまざまな交流活動で活躍している。
大学三年生の張帆さんと屈浚嵐さんは、湖南師範大学から創価大学に派遣された交換留学生である。二人とも日本は初めてだが、不安を感じたことはなく、むしろ「友人の家に来ている」ように感じている。
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2006年11月に催された第33回中国語弁論大会(「中国研究会」提供) |
もともと創価大学は、毎年、学生たちを中国へ行かせ、勉強、交流させたり、長期の留学生を派遣したりしてきた。張さんと屈さんは湖南師範大学で創価大学から来た日本の学生たちと友だちになった。その後、日本の学生たちは帰国し、別れ別れになったが、ずっと連絡を取りあってきたのである。
今年の4月、久しぶりに会った日本の友人たちは、張さんと屈さんを創価大学に迎えた。宿舎に入って二人は「日本語をなるべく多く聞きたい」「キャンパスが広すぎて、出かけるのに不便だ」と何気なく言ったが、日本の学生たちはそのことを心に留めていて、数日後、彼女たちのところにテレビと自転車を持ってきてくれた。
創価大学には「中国研究会」という学生サークルがあり、メンバーは78人。いつもは週に3回、活動し、中国の歴史や地理、経済、教育などをテーマに学習し、討論する。また中国の新劇などの稽古をすることもある。毎年行われる学生の中国訪問活動は、このサークルによって組織され、実施されてきた。
そのほか、年に一度の中国語弁論大会は、このサークルの重要なイベントの一つで、1974年から始まり、規模はしだいに大きくなり、影響力も絶えず広がっている。この中国語弁論大会は、日中友好協会、朝日新聞社がそれぞれ主催する中国語弁論大会と並んで、日本における「三大中国語弁論大会」と言われている。
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今年、挙行された第29回の「周桜」の観桜会(「周桜」の観桜会提供) |
張さんと屈さんも「中国研究会」の活動にいつも参加している。彼女たちは日本の学生に中国の状況を紹介し、中国が直面している問題をいっしょに討論する。研究会のメンバーは、中国語を勉強している人や中国をよく理解している人ばかりではない。その多くは、最初は、中華料理が好きだとか、中国へ旅行したいとかいう単純な考えで入会してくる。だが、しばらくすると次第に、彼らの中国への理解は深まり、中国への興味が増す。また中日両国の関係について、自分なりの見方を持つようになる。会の代表の久保田健一君はこう言う。
「研究会を通じて、私は両国の戦争の歴史を知りました。また、歴史に対していろいろ異なる見方があることも分かりました。歴史の事実を認識することを基礎として判断を下すべきであり、無知蒙昧は、両国関係の発展にとって何らプラスの役割を果たすことができないと思います。私たち若者は、戦争を経験していないけれども、未来に責任をもっています。考えてご覧なさい。人と人とがみな友だちになったなら、戦争なんて起こりませんよ」
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ストリートサークルに参加し、友だちと練習中の喩昊君(手前) |
張さんと屈さんは、創価大学に来て2カ月間しか経っていないが、新しいことを数多く体験し、感銘を受けている。張さんは美術サークルに参加し、絵をきちんと習いたいという夢が実現した。「学生のサークル活動ですが、授業はプロの画家を養成するのと同じようです。中国の大学にあるアマチュアの芸術教育は、これほどのレベルには達していません」と張さんは言う。
屈さんもそうだ。風呂場の清掃を例にとると、汚れを除き、カビをとり、残留した毛と髪などを溶かすなど、各種各様の洗剤や薬剤が全部そろっていて、日本人がどんな細かいところもゆるがせにしないことに感心した。「中国の学生たちも、チャンスがあれば必ず外国へ出て、現実を見るべきだと思います。中国でも一部では、日本に近いか、あるいは日本を超えているところもあるけれども、日本には、学び、手本にすべきところがまだ多くあると思います」と彼女は言っている。
喩昊君は高校卒業後、創価大学に留学して今年でもう3年目になった。日本語は、日本人と同じようにうまく話せる。服装も日本の若い人たちと見分けがつかない。流行を追いかけるのが好きな喩君は、創価大学のストリートダンスのサークルに参加した。八十数人のメンバーとともに週3回、びっしょり汗をかきながら、ダイナミックな踊りを楽しんでいる。
サークルのメンバーたちは互いのことを気にかけながら、強く団結し、喩君を外国人と見なすことはなかった。しかし、喩君には小さい悩みがあった。それはこの間、あるクラスメートと言い争ったからだ。
それは、みんながもっと真面目に練習して、時間をむだにせず、能率を高めてほしいと彼は考えたが、クラスメートは、サークル活動はリラックスすることが重要で、あまり馬鹿真面目にする必要はないと考えていたからだ。率直な性格の喩君はそのことで、そのクラスメートと言い争ったのである。他のクラスメートたちは、喩君の考え方は間違ってはいないけれども、表現する仕方が直接的すぎると思っていた。
喩君は納得できなかったが、同じサークルの友だちの川崎容子さんと大力千恵子さんは、納得できなくとも、少なくともまず相手の考え方を聞いたほうが良いと勧めた。喩君はその通りだと思った。まず自分の意見を言い、相手の考えをよく聞き、互いに相手の立場に立って考えれば、言い争いは起こらないだろう、と思った。そこで喩君は、自分から進んで第一歩を踏み出すことを決めたのである。
創価大学の構内には、千本以上の桜の木が植えられている。4月、花が咲くころは、かぐわしい香りが漂う。その中に、周恩来総理の名前をとって名づけられた「周桜」と、周恩来総理夫妻の名前をとって名づけられた「周夫婦桜」がある。創価大学の高橋強教授の話では、「周桜」は、中国からの最初の留学生たちがその手で植えたものだと言う。
毎年の桜が満開になるとき、中国からの留学生が創価大学にやってくる。秋風が吹くころには、創価大学の学生たちが、友好の気持ちを携えて中国へ行く。こうして友好の縁は、次々に新しく生まれて行く。