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日本貿易振興機構企画部事業推進主幹 江原 規由
 
 

対外投資に向かう中国の企業


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 2006年、中国の対外投資(金融部門を含まず)は、前年比31.6%増の161億3000万ドルと急増し、過去最高額を記録しました。累積では733億3000万ドルとなり、対内投資累積のほぼ十分の一に達しています。

 2006年の対内投資は630億2000万ドルで、今や対外投資は、対内投資の4分の1強にまで拡大しました。2010年から2015年の間に、対外投資は対内投資を超えると予想する識者も少なくありません。対外投資の行方は、中国経済を見る重要な視点といえるでしょう。

想定外の方向へ

 中国の対外投資の目的は、世界第一位となった外貨準備の有効活用、人民元切上げ圧力の軽減、ブランド、市場、資源(石油、鉱石、木材など)の確保などさまざまですが、今、その対外投資が新たな展開を見せつつあります。

 今年5月末、英国のロングブリッジ工場で、南京汽車(「汽車」は中国語で「自動車」のこと)によるスポーツカーの生産再開祝賀式典が催されました。南京汽車が、倒産した英国を代表する自動車メーカーであったMGローバー社の資産をM&A(企業買収)したのが2005年7月。それから2年足らずで、南京汽車はMGローバー社ブランドのスポーツカーMGTFの生産を再開させたのです。

 式典に出席したバーミンガム市長は「MGローバーの倒産は、人々に大きな衝撃を与えた。しかし、今日、私は南京汽車の人々の勇気と市への貢献に感謝しなければならない」とスピーチしました。

 南京汽車は今年3月にも、南京・浦口に建設した新工場で、MGTFなど旧MGローバーのブランドをラインオフさせています。成功例が少ないとされる中国企業の海外展開ですが、南京汽車はその成功例といえます。

 その南京汽車に、上海汽車との提携話が持ち上がっています。MGローバー社のM&Aに真っ先に名乗りを上げたのが上海汽車でした。買収寸前までいきながら、挫折した経緯があります。上海汽車にとって、同社の世界戦略に、南京汽車が所有するMGブランドは大きな魅力であり、また、南京汽車には事業拡大の資金需要が急務とされているなど、両企業の提携によるメリットは少なくありません。

 ただ、上海と南京という行政区画を超えた大型提携となると、経済的利益の追求だけでは済まない問題、例えば納税先などの問題もあり、上海汽車による南京汽車のM&Aとなるのか、単なる協力関係に留まるのかなど、両社の具体的提携内容は、目下調整の最終段階にあります。

M&Aと産業再編への影響

2006年7月、上海のモーターショーに展示された南京汽車のMGTFスポーツカー

 この提携劇の役者は、南京汽車と上海汽車だけではありません。脇役が多数登場しています。例えば、奇瑞汽車とイタリアのフィアット社です。

 南京汽車はフィアット社と合弁で南京フィアット社を設立し、先ごろ、それぞれ30億ドルの追加投資を決定しています。そのフィアット社は、中国の自社ブランドメーカーで海外生産や輸出を積極的に展開している奇瑞汽車と昨年10月、年間10万台のエンジン供給契約を結んでいます。

 世界の自動車メーカーとの合弁や提携で成長してきた中国の自動車メーカーは、今や生産台数と販売台数で世界をリードするまでになりました。こうした状況下で、中国企業が海外企業をM&Aした結果、中国国内で外資企業を含め、意図していなかった複数の連携関係が構築されつつあるのです。

 こうした新たな展開は、中国企業の海外進出が活発化している今日、自動車業界に限られたことではありません。中国企業の海外投資が、中国国内の産業地図を塗り替えつつあるのです。

還流する対外投資

 また、2007年には、全く新しいタイプの海外投資が生まれました。今年5月、中国政府は、米国の投資ファンド大手の「ブラックストーン・グループ」(BSグループ)に30億ドルを出資し、無議決権株を購入すると決定しました。

 中国は、世界一の外貨準備(2007年3月末時点で1兆2000億ドル超)を有していますが、米ドルが下落すれば、その資産的価値が目減りしてしまいます。BSグループへの出資は外貨準備運用の一つの手段であり、その第一弾と位置づけられるわけですが、今後は「中国外国為替投資公司」(目下設立準備中)が2000億ドルともいわれる運用資金をもとに、対外投資を行うといわれています。

 現在、話題となっているのは、今後、BSグループが、中国企業の買収など対中投資をどうするかという点です。

 2005年、カーライル社(米国の投資ファンド)が中国最大の建設機械メーカーである徐工機械の株式の85%を取得してM&Aしようとしたとき、中国から「待った」がかけられ、今なお最終決着を見ていません。現在、中国はM&A方式での投資を奨励する一方、外資企業による市場の独占(独占禁止法は未成立)や国有資産の海外流出を懸念し、外資企業による中国企業のM&Aに慎重でもあります。

 2006年末時点で、海外投資ファンドによる対中投資額は117億七千万ドルで、アジア最大に達しており、BSグループにとって対中投資は避けて通れない道といえるでしょう。実際、BSグループは、ある中国企業の株式をM&Aする準備をしているとの報道もあります。

 MSグループが、徐工機械のような業界を代表する企業を買収しようとしたとき、同グループの株主となった中国外国為替投資公司は、これにどう向き合うのかが注目されます。

市場参入を狙う対日投資

 中国の対日投資はどうでしょうか。まだ少ないのが実情ですが、中国外国為替投資公司の誕生で、対日投資が増えることを大いに期待したいと思います。

 最近の対日投資の具体例を見てみましょう。

 2006年8月、中国の大手太陽電池メーカーの無錫尚徳太陽能電力が日本の太陽電池モジュール・メーカーのMSKを買収契約したと発表しました。無錫尚徳太陽能電力は、生産能力で中国最大、世界十傑にも入っています。MSKは長野と福岡に生産拠点を有し、建築物一体型太陽電池ではトップ企業に位置づけられています。

 無錫尚徳太陽能電力によれば、買収理由は「MSKの販売とマーケティング網を利用し、参入の難しい日本市場でシェアを拡大するため」とのことです。

 以前にも、中国企業による日本の中堅企業の買収例はありましたが、買収理由の多くは、技術やブランドの取得が中心でした。MSKの買収劇は今後、市場参入を意識した対日投資が増えることを如実に物語っているといえます。

 総じて中国の対外投資の積極化は、2001年のWTO加盟に続く経済国際化の第2弾と位置づけられるでしょう。


 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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