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日本貿易振興機構海外調査部主任調査研究員 江原 規由
 
 

「外国要素」に期待が高まる


 
   
 
江原規由 1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市名誉市民を授与される。ジェトロ海外調査部中国・北アジアチームリーダー。2001年11月から、ジェトロ北京センター所長。
 
 

 今年上半期、中国経済は前年同期比11.5%の成長、3.2%の物価上昇、外貨準備では昨年の日中貿易額を大幅に上回る2663億ドルの増加を記録しました。高成長下で物価上昇圧力が鮮明に出てきているといえるでしょう。

 その結果、不動産価格、株価、人民元が上昇し、輸出増値税の還付税率、預金準備率が引下げられ、加工貿易の品目制限措置が講じられています。同時に、食品の安全性問題や河川・湖沼汚染など深刻な問題に直面しつつも、開催まで一年を切った北京オリンピック・ブームに沸いています。今の中国経済には、実に多くの喜怒哀楽の「顔」が出現しています。

 近年、中国経済に「外国要素」という「顔」が目だってきました。例えば、対外貿易は輸出入とも、その6割ほどが対中進出した外資系企業によっていることなどです。中国経済の「喜怒哀楽」に、この「外国要素」は無関係ではないでしょう。その「外国要素」を増やしたい分野が、アウトソーシング業と装備製造業です。

「世界の事務所」になるには

今年6月、大連で開催された「中国国際ソフトウェアー・情報サービス交易会」の会場

 このところ、中国各地から実に多くのミッションが来日するようになりました。「招商引資」(投資誘致)が主目的ですが、どのミッションも異口同音にアウトソーシングで交流したいと力説します。アウトソーシングとは業務の一部・全部を受託することで、特にソフトウェアーや情報産業の分野でのアウトソーシングを期待しているのです。

 アウトソーシングに期待されているのは技術・ノウハウや人材の確保です。アウトソーシングを積極化する背景には、中国のソフトウェアー産業の発展があります。商務部は「2006年のソフトウェアー産業収入は前年比23%増(4800億元)で、アウトソーシング請負額は10億ドルであった。2010年には、収入で1兆元(約16兆円)、輸出額で百億ドルに達すると予測される。昨年からソフトウェアー企業のM&A(合併・買収)と業界再編が加速し、アウトソーシングがソフト産業の重要な成長点になっている。このため、『外国企業投資産業指導目録』を整備し、中国企業がアウトソーシングを積極的に請負うのを奨励してゆく」(注1)としています。

 ソフトウェアー産業基地として成長著しい大連は、毎年「中国国際ソフトウェアー・情報サービス交易会」を開催するなど、「中国のバンガロール(インド南部の都市)」と称されていますが、2010年までに大型のアウトソーシング企業を4〜6社、従業員1万人以上のソフトウェアー・情報サービス産業を3〜5社、育成する計画です(注2)。

 中国のソフトウェアー産業の弱点は、核心技術不足、産業規模が小規模、人材不足などとされていますが、天津市開発区と商務部は、「中国サービス・アウトソーシング天津訓練センター」を設立する意向書を結び、天津市と環渤海地区のアウトソーシング関連企業に人材を提供する予定と公表しています(注3)。

 中国は、これまで製造業に外資を導入し「世界の工場」といわれるまでになりました。「世界の工場」にも「外国要素」が多いわけですが、今日、「世界の工場」から「世界の事務所」を目指す中国は、第3次産業・サービス業への外資導入を本格化させようとしています。この「世界の事務所」に「外国要素」をどう導入しようとしているのか、アウトソーシング産業における外資導入の行方こそ、その試金石といえます。

自前で設備をつくる

 装備製造業(注4)でも、新たに「外国要素」に向き合おうとしています。装備製造業は文字通り、設備をつくる産業です。「世界の工場」といわれながらも、例えば、集積回路チップ製造設備はその95%を、乗用車製造設備、デジタル工作機械、紡績機械、オフセット印刷設備はその約70%を輸入に頼っているのが現状です。中国国務院は、昨年6月、『装備製造業の振興を加速するための若干の意見』を発布し、優遇輸入税制や産業再編などで、同業界の高すぎる対外依存度、不合理な産業構造、低い国際競争力を是正するとしています。要は、装備製造業を振興し、自前で設備をつくっていこうというわけです。

 そのカギは外資系企業との大胆な連携、特に、対中投資の主流となりつつあるM&A方式による外資導入にあるといえます。この点についてはすでに中国最大手の瀋陽機廠(瀋陽工作機械工場)の株の30%をめぐって、米国ヘッジファンドが中国建機大手の三一重工との取得合戦を制したとか、今年上半期に遼寧省(注5)で新規設立された外資系設備製造企業が227社の多数に上ったなどの事例が指摘できます。

 中国にとって装備製造業の振興は、時代の要請となっているわけですが、当の装備製造業には国家を代表する重点企業が多く、外資を無制限に受け入れられないことは、米カーライル社の中国大手建機メーカー、徐工機械のM&Aが紆余曲折したケース(注6)などが教えるところです。装備製造業の振興に「外資要素」をどこまで許容していくのか、中国は時代の選択に向き合っているといえます。

 経済規模で世界第4位となった中国は、世界経済に大きく貢献してきました。同時に、エネルギー、環境問題そして粗放型産業構造による経済の非効率性など課題を内包しています。装備製造業の振興はこうした課題の是正につながると期待できます。

 今や、中国経済の課題を世界が共有する時代です。その意味で、中国の装備製造業の発展は世界の問題であるとの問題意識が広まり、かつ、アウトソーシング業の隆盛で中国経済の「顔」の表情が変わることを期待したいものです。

注1 信息産業部によれば、中国のソフト・情報サービス業は2000年以来、年率40%以上の発展を遂げており、同輸出は5年間で7.4倍も増加。

注2 『大連日報』2007年6月22日。また大連、西安、成都、深セン、上海、北京、天津、南京、済南、武漢、杭州は、アウトソーシング・サービス拠点都市に認定され、税制面などで優遇措置を受ける予定。

注3 『21世紀経済報道』 2007年8月6日

注4 機械工業および電子工業の一部、汎用・専用設備製造業、航空・宇宙関連製造業、鉄道運輸設備製造業、交通器材・交通運輸設備製造業、電気機械・器材製造業、通信設備・コンピューター・電子設備製造業、計器・メーターおよび事務用品製造業など。

注5 遼寧省を先進的装備製造業拠点とする優遇政策を制定済み。(人民ネット2007年8月8日)

注6 徐工機械が重点企業であったことから、カーライル社の買収に待ったがかかった。


 
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