敵は中華包丁?
中国の野生動物保護事情
 


  鮑 栄振 

(ほう・えいしん)
 中国弁護士。北京市大地律師事務所所属。86年、佐々木静子法律事務所にて弁護士実務を研修、87年東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。

   


  真冬になってから毎日とても寒いですね。鍋物がおいしい季節です。
 
 大西 中華料理で体が暖まる冬の食べ物として有名なのは、ヘビやイヌですよね。

  そうです。外国の人はみんなびっくりするようですが、中国では本当にいろいろな動物を食べます。サソリ料理やカエル料理もありますからね。

 大西 しかし、テレビなどの報道によると、希少な野生動物まで食べられてしまっているようですよ。私は動物保護活動家でもなんでもないですが、人間嫌いの反面として動物好きなので気になっているところです。

  それでは、今日は中国の野生動物保護についてお話しましょう。中国は広大な国ですから、さまざまな動物が生息していて、希少な動物もたくさんいます。

 大西 その代表は何といってもパンダ(大熊猫)ですよね。私が外大の中国語学科に入学したのはパンダのおかげですよ。

  他の人が言ったら冗談に聞こえますが、大西先生の場合は本当ですね。パンダのほかにも、孫悟空のモデルといわれるキンシコウや、トラ、ゾウ、ウンピョウ、トキ、レイヨウなど、挙げればきりがありません。

 大西 こういった野生動物を保護するために、どのような法律が整備されているのでしょうか?

  最も基礎的な法律は、1988年に制定された『野生動物保護法』です。この法律は、国家は、希少で絶滅に瀕している動物を重点的に保護すべきとし、重点保護野生動物の保護、管理、違反した場合の罰則について原則的な規定をおいています。

 大西 積極的な保護活動はどのように行われているのでしょうか?

  『野生動物保護法』に加えて、『自然保護区条例』により、保護すべき動物の集中して分布している地区などが自然保護区と指定され、国務院の環境保護部門やその地域の環境保護部門の管理におかれています。この自然保護区内では特別な例外がある場合を除き、樹木の伐採、放牧、狩猟、開墾、採石などが禁止されるほか、自然観察のために中に入ることについても各種の規制を受け、生態を保護すべきものとされています。現在、中国国内の自然保護区は合計926カ所、総面積は7697万9000ヘクタールにのぼっているということです。

 大西 数字が大きすぎて良くわかりませんがとにかく広いみたいですね。パンダやキンシコウもこの中で保護されているわけですね。しかし、冒頭でお話したように、お金儲けのために野生動物の密猟をする人もいるようですね。

  密猟の目的や対象はさまざまで、パンダやトラなどの場合は毛皮が主な目的になりますが、最も数が多いのは、レストランへの販売を目的とするものと思われます。中国ではサル、クマ、シカ、ハクチョウ、ツル、ハヤブサなども一部の人が食べたがっているため、これらの保護動物の密猟事件が後をたたないのです。

 大西 私が以前見たニュース番組では、東北地方の某自然保護区の中で農薬をまいてハクチョウやツルを毒殺し、ヤミ市場に持っていって売りさばいているという実態が紹介されていました。ハクチョウはキロあたり四十元(約五百六十円)で売られていました。

  ハクチョウもツルも重点保護野生動物で、しかも自然保護区の中ですから、明らかに違法なケースですね。密猟に厳しく対処するため、中国政府は規制を年々強化しています。典型的な判例を紹介して、詳しく説明しましょう。2001年7月、湖南省長沙市で、ワシントン条約でも保護対象になっているトラフガエル(虎紋蛙)の違法販売事件が発覚しました。このカエル達は主に広東省に出荷され、レストランのテーブルにあがっていたということです。合計1400匹、重さ200キロ以上にのぼるもので、長沙市の人民法院(裁判所)は、被告人に対し、懲役十一年という判決を下しました。

 大西 ……カエルは好きなんですが、1400匹がずらっと並んでいるところにでくわしたらちょっと不気味でしょうね。しかし、犯人は相当に厳しい処罰を受けたのですね。どのような法律が適用されたのですか?

  まず、『野生動物保護法』第16条により、重点保護野生動物を捕獲、殺害することは原則として禁止され、特別な理由により捕獲などが必要な場合には行政機関による許可を受けなければいけないとされています。重点保護野生動物は一級と二級に分けられていますが、トラフガエルは国家二級保護動物とされています。そして、『刑法』第341条一項では、重点保護野生動物を違法に捕獲、殺害し、または購入、運搬、販売する行為について、一般には5年以下の懲役または拘役及び罰金、情状が重大なものは5年以上10年以下の懲役及び罰金、情状が特別に重大なものは10年以上の有期懲役を科し、併せて罰金または財産の没収を科すると定めています。

 大西 となると、「トラフガエル1400匹」は「情状が特別に重大なもの」にあたるわけですね?

  そのとおりです。最高人民法院が2000年11月に公布した『野生動物資源破壊の刑事案件審理に具体的に法律を適用する若干の問題についての解釈』によって、刑法第341条一項の「情状」の軽重が、販売金額や数量などを基準として明確に規定されました。トラフガエルの場合には、百匹以上で「重大」、200匹以上は「特別に重大」とされているため、このケースでは懲役11年という判決が下されたわけです。この『解釈』は200種類以上にのぼる重点保護野生動物ごとに基準を定めており、パンダ、キンシコウやウンピョウの場合には1匹だけでもただちに「特別に重大」とされ、タンチョウヅルは2匹で「重大」、3匹以上で「特別に重大」となり、ハクチョウは6匹以上が「重大」、10匹以上で「特別に重大」とされています。

 大西 野生動物は寄生虫や肝炎などの病原菌の宝庫だし、農薬で毒殺された動物の場合、食べた人も農薬中毒になってしまいますよ。そのことに気づけば食べる気もなくなると思うのですが。いずれにしても、日本では、食生活が保守的なのでこういうケースは少ないですが、保護動物が必要な手続きを経ないまま、ペットとして売買されてしまうケースは結構あるようです。

  中国では、小鳥や金魚以外にペットを飼う習慣はあまりなかったのですが、最近は犬、猫などペットの種類も増え、関連ビジネスも盛んになってきました。その結果として、日本と同じように、ペットの密売事件も発生しています。北京市での事件を紹介しましょう。2000年6月、ある夫婦が、シナワニトカゲ(鰐蜥)を1匹40元(約560円)で4匹仕入れ、「官園ペット市場」で、1匹200元(約2800円)で売ろうとしましたが、当局に発覚して逮捕され、同年12月、それぞれ懲役10年の判決が下されました。シナワニトカゲは生きた化石とも言われ、とても希少な動物なので、国家一級保護動物に指定されており、『解釈』では2匹で「重大」、4匹以上で「特別に重大」とされています。ちなみに、事件後行われた鑑定では、4匹合計で15万元(約210万円)の価値があると判定されたそうです。

 大西 値段のつけ方からして、この夫婦は事情がまるでわかっていない、いわば「ど素人」だったんでしょうね。少し気の毒な気もします。

  いずれにしても、動物にとってはまったく迷惑な話です。中国は希少な動物が多い以上、それを保護する義務を世界に対して負っているわけですから、今後も厳しく取り締まられるものと思います。

 大西 自分の水槽や胃袋に納めようとは考えないで、自然の中で生きていけるように生態を守っていくべきだ、ということですね。(2002年1月号より)

 

 


 大西 宏子

(おおに しひろこ)
 日本弁護士。糸賀法律事務所所属。東京外国語大学外国語学部中国学科卒業後、97年に弁護士登録。