北京に住んでいる私は毎朝、自宅から地下鉄の最寄り駅まで、大きな「社区」を通り抜けて行く。「社区」というのは日本でいえば住宅団地のようなもので、道路脇ではお年寄りが将棋を打ったりしている。小さな食堂や売店、幼稚園や小学校もある。
この閑静で気持ちのいい柳並木に異変が起きたのは、新型肺炎SARSが流行る直前の、今年初春のことである。昼間、道路の両脇が車でびっしりと埋まってしまうのだ。中にはフィアットやフォルクスワーゲン、トヨタなどカラフルな新車が多数ある。土、日曜に駐車台数が少ないところを見ると、どうやら近所にある企業のマイカー通勤族のものらしい。
もともと、車二台分ぐらいの幅しかない生活道路なので、歩道に乗り上げて駐車しても、両脇がふさがってしまうと、対向車がすれ違うのも大変だ。停め方がヘタな車が一台でもあると大渋滞が起こる。これでは救急車も入れないし、火事でも起きたら一大事ではないか。
はてこの風景、どこかで見たような……。そう、大阪だ。道路脇をびっしり埋める、迷惑駐車のあれだ。国際オリンピック委員会にマイナス評価を下される原因になった、大阪名物「路上駐車」が、ここ北京にもついに出現したのだろうか。いやいや、ここはビジネス街に近いから、と思っていたら、実は似た現象が北京の至る所で起きていた。
とくにひどいのは、観光地や商店街の周辺だ。西単の繁華街近くの胡同(横町)は、買い物客の違法駐車でぎっしり。香山など北京郊外の観光地は、駐車場が満車状態。停める場所が見つからず、そのまま帰ってしまう人もいる。"黒"(中国語では闇のこと)駐車場の管理人がスッと寄ってきて、「20元でどう?」と持ちかけてくることもあるそうだ。
どこに停めるの
北京のマイカー台数は、この春ごろから爆発的に増えたように感じる。それに追い討ちをかけたのが新型肺炎。公共交通機関を利用できない不便さの中で、マイカー志向が高まり、実際、私の周囲でも、若い人を中心にマイカー購入に拍車がかかった。
統計によると北京のバスやタクシー以外の車両はすでに110万台を越え、年15%の勢いで増えている。ところが経済紙『市場報』によると、計算上は駐車場が132万台分必要なのに、実際は60万台分しかないそうだ。車の増加に駐車場の数が明らかに追いつかないのが深刻な問題だと指摘している。
その駐車場も値段が高い。王府井や西単、前門などの繁華街地区は一時間で5元と規定されているが、ビジネス街では、30分で5元も取る所も。北京ドライバーにとってこの値段は痛い。そのため、せっかくの駐車場も稼働率は低い。かくして、ドライバーは生活防衛のため、さまざまな策を練ることになる。
例えば北京空港への出迎え。空港の駐車場は一時間で6元と高い。飛行機の到着が遅れて余計な駐車代を払うのはもったいないので、賢い運転手は、空港手前の高速料金所周辺で一時停車して待機する。到着の連絡が携帯に入ったら、即空港へ。その結果、最近は空港入り口手前が常に大渋滞だ。
あるいは病院に行く場合。大きな病院でも駐車場が足りないし、高い。そのため患者を降ろしたドライバーは、診察が終わって出てくるまで病院の周囲をぐるぐる回って時間を潰す。そんな車が多いため、大病院の周辺は大渋滞となる。
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.マイカーの路上駐車でびっしりの道を出勤する人々 |
しかし何といっても経済的なのが路上駐車。とくにマイカー通勤族にとっては、1カ月の駐車代が浮かせられるかどうかの勝負どころである。
北京のドライバーがマイカー出勤にこだわるのは理由がある。北京の新しい住宅地はたいてい郊外にある。家が立ち退きにあったり、結婚して独立の家庭をつくったりで、郊外に引っ越したものの、地下鉄はまだできていない。このため、出勤するには何時間もかけてバスを乗り継ぐか、タクシーを利用するしかない。マイカーを購入した知人に聞いたところ、全員が、車を買った理由を「通勤のため」と答えた。
夜のバトル
夜は夜で、住宅地は住民のマイカーで大混雑だ。つい最近までは、マイカーを持つ人が少なかったため、業務用などの車を運転している人は、自分の住む社区内の空き地に停めておけば十分だった。もちろん駐車代はタダだった。
北京で運転手歴20年のB氏は頭を抱えている。B氏の社区では、もともと車は5台ぐらいしかなく、停め放題だったが、最近では少しでも帰宅が遅くなると、停める場所が見つからない。
北京でも日本同様、車購入の際には、住宅管理人が発行する車庫証明が必要だが、この管理が十分ではないらしい。ところが最近、駐車場問題に前向きに取り組む社区が増えている。先ほどのB氏の社区でも近々駐車場ができることになった。これからは1カ月60元を払うことになるそうだ。
新築マンションでは、あらかじめ駐車場が設置されていて、北部郊外のマンションなら月150〜200元、都心に近ければ月300元からが相場のようだ。
レッカー対策の極意は
さて気になる駐車マナー。運転が荒い大阪人もビックリの乱暴な割り込み走行で、度胸試しのような運転をする北京ドライバーのこと、さぞかし高度で狡猾な路上駐車のテクニックを身に付けているに違いない……と思いきや、実はそうでもない。むしろおとなしいぐらいだ。交通警察を相手に華麗な技で、レッカー車移動や駐禁ステッカー逃れをするドライバーは、まだ少ない。
2、3年後にマイカーを購入する予定の友人が、うれしそうに教えてくれた。
「駐車場に停めた車で真夜中に帰宅しようとした人が、あとから停めた数台の車に塞がれて出られなかった。よく見ると各車両のフロントに、携帯番号のメモがあった。時間も遅いので恐縮しつつ電話したら、全員が快く家から出てきて車を動かしてくれたんですって。北京のドライバーにも譲り合い精神が育ちつつあるんです」
それにしても、去年の北京モーターショーで「車を買いたい」市民が会場を埋め尽くしたのを見て、北京もいつかは車社会の問題に悩む日が来るとは思っていたが、まさかこんなすぐにその時がやってくるとは。
先日、タクシー運転手に「最近の北京はオリンピックで負けた大阪に似てきたよ。まずいんじゃないの」と意地悪く聞いてみると、「えぇホント? でも北京の場合は発展のためにオリンピックは譲れなかったんだ」と、いたってマジメな答えが返ってきた。
2008年の北京がどんな車社会に発展しているか、大阪育ちの私は祈る思いで期待している。(中国社会科学院 世界経済・政治研究所研究生)(2003年10月号より)
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