三月末、風花が舞う瀋陽の街に降り立ってから四カ月。進行中の「東北振興」を追って右往左往しつつ、「振興」にかける東北人の意気込みや東北文化に触れて、なかなか面白さを感じている。
義理人情にあつく、非常に人間臭い(いい意味でも悪い意味でも)のが東北人。市場経済化時代に「負け組」に転落し、今、再起をかけてリングに上がったのが東北三省(遼寧、吉林、黒竜江)。そんな東北で暮らしながら感じる「東北の今」を少しばかりお話ししましょう。
東北人の心をつかんだドラマ『馬大帥』
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「東北二人転」 |
「『馬大帥』好き?」。私が最近、身につけた「殺し文句」がこれ。
『馬大帥』は、瀋陽在住の有名タレント・趙本山さんが監督と主役を務める東北の超人気テレビドラマで、主役の農民の名前でもある。今春、遼寧テレビなどが放映した。出演者はオール東北人で、東北弁が飛び交う、笑いあり、涙ありの人情劇だ。
農民・馬大帥は、良かれと思ってすることが、裏目に出てしまう、貧しいが一本筋が通ったお人よし(どこか「寅さん」を連想させる)。馬大帥にからむ準主役は、でっかい体で、兄貴風を吹かせたがる(でも強い者にはすぐ巻かれる)、お調子者の東北人だ。
さて、馬大帥はひょんなこと(一人娘を村長の息子に嫁がせると勝手に約束し、娘が抵抗して家出)から、娘を探しに都会に出る。面白いのは、農民・馬大帥が都会でぶつかる様々な出来事を通じて、現代中国社会(特に東北の抱える現実)を笑いのエッセンスを効かせながら、シニカルに描いていることだ。
例えば、農村と都市部の経済格差、ヤクザ組織や麻薬売買、退職幹部の空虚感、独居老人の寂しさ、浮浪児、一攫千金を夢見て騙される人々、夫婦や親子の愛……。
私たちがすっかり見慣れてしまった都会生活も、農民・馬大帥の目を通してみると、全く奇妙に映る(このあたり、チャップリンの『モダン・タイムス』に似ているかも)。
テーマソングは、窓から都会の風景を恐る恐る覗いた馬大帥が「哇塞!哇塞!怪!怪!怪!」(ワオー、ワオー、妙だ、妙だ、妙だ)とのたまうところから始まり、「生活はなんでこんなに妙なんだ」と続く。馬大帥が見たのは、神舟五号の打ち上げ、高級ブランドショップ、高速道路……。私はテレビの前で、「趙本山のこのセンス……す、すごすぎる」と目を丸くしてしまった。
趙さんは『馬大帥』以前にも『劉老根』シリーズのドラマを制作し、東北人の心をつかんでいる。いずれの作品にも共通するのは、農民の目を通じて現代中国社会を描いていること。これは彼が遼寧省の農村出身、幼少期に両親を亡くし、貧困の中で育ったこととも関係があるようだ。
ちなみに趙さんは中国を代表する有名タレントで、中国の大晦日夜の国民的年越し番組「春節聯歓晩会」には欠かせない存在。「東北二人転」(注1)の役者出身で、最近では映画やドラマの監督としても才能を発揮している(作風は全く異なるが、北野武監督を想像してほしい)。
で、冒頭の「殺し文句」である。
『馬大帥』は瀋陽で絶大な人気を誇っており、「『馬大帥』好き?」でほとんどの東北人と仲良くなれるというわけ。タクシーの運転手も、地方政府のお役人も、中国人の同僚も、皆相好を崩し、一挙に話に花が咲くから不思議だ。実は中央電視台でも放映予定だったが、トラブルがあり実現していないと聞く。残念だ。
先日ふらりと出掛けた「東北二人転」の舞台に趙さんが飛び入りで登場した。客席は大いに盛り上がり、アンコールがなかなか止まなかった。趙本山さんは「東北のチャップリン」だ。
がんばれ東北キャンペーン
「共和国の長男」と形容され、計画経済時代をリードした東北だが、改革開放後は経済不振に喘ぐ「負け組」のイメージ(国有企業の不振、失業、暴力団など)がすっかり定着してしまった。新中国成立直後の活気あふれる「赤色」のイメージから「灰色」に色あせた感があった。
そこへ、千載一遇のチャンス「東北振興政策」が巡ってきた。中国政府は昨秋、「東北地区等伝統工業基地の振興策」(東北振興政策)を打ち出し、東北三省を「敗者復活戦」のリングに上げた。「監督役」の中国政府は、現在まで東北に多くの「特別戦略」も授けている。
国有企業改革に対する資金面等でのバックアップの他、「中国の穀物倉庫」と称される吉林、黒竜江省を今春、全国に先駆けた「農業税免税試行地域」に指定。また、遼寧に続いて、この二省で「社会保障制度改革の試行」もスタートしたばかりだ。
更には、七月に瀋陽故宮など東北の複数の文化遺産が世界遺産入りを果たし(注2)、大いに盛り上がった。この半年、東北にスポットが当たり続けており、私はこれを勝手に「がんばれ東北キャンペーン」と名づけて喜んでいる。
この半年、国内外から東北視察団も殺到しており、街の雰囲気にも活気や自信が漂ってきたように感じられる。新聞で「振興」の文字を目にしない日はないし、街中でもあちこちに「振興」スローガンが掛けられている。
雇用対策や国有企業改革などまだまだ課題は山積みであり、どれだけ外資を誘致できるかも定かではないが、とにかく、自分が暮らす東北の「黒土地」で「伸びよう」というパワーを感じるのは、やはり嬉しいことだ。
先日、瀋陽市の某副市長は日本の視察団と会見した際、オヒ小平氏の改革開放を称えた歌謡曲『春天的故事』(春の物語)の歌詞を引用して東北振興を次のように説明した。
「中国は経済成長を続けるための国策実施地点として、まず珠江デルタ、長江デルタに丸をつけた。次こそと思ったが三つめを西部につけた。そして今ようやく、四つめの丸が東北についた」
東北振興が国策であることを自信たっぷりアピールした。瀋陽市では「振興」機運を後押ししようと、ジャパンタウン建設構想を企画中だ。七月には日本に代表団を送り、誘致説明会を実施した。
また、市民レベルでも「振興」機運を盛り上げようという動きがある。コミュニティーでの宣伝活動に私も一度参加してみた。中国初の女性機関士(第一代労働模範として毛主席にも会見)のおばあさん、学者、政府職員などが各々の「振興論」を熱く熱く語っていて面白かった。
何はともあれ、加油(がんばれ)東北! 私はリングサイドから応援するつもりだ。
注1 東北地方で広く行われている民間芸能で、伴奏に合わせて男女ペアで踊りながら歌う。漫才のような掛け合わせや面白い動作もあり、東北人に親しまれている。
注2 瀋陽故宮、盛京三陵(清の永陵・福陵・昭陵)、高句麗の首都と古墳群。(2004年9月号より)
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