清華大学国際問題研究所教授 劉江永   
 
「海陸和合論」― 新地政学への模索

 
                
時代遅れの地政学戦略思想

 西側の伝統的な地政学戦略の学説は、その多くが、歴史と地理的観点から、いかにして世界に覇を称えるかを論じている。19世紀末の「海の覇権論」も、20世紀初めの「陸の覇権論」も、人類の歴史を、陸と海の勢力の争う歴史とみなしている。

 しかし、その後の世界の歴史はそうではなかった。例えば2回の世界大戦においては、「陸の国家」間の戦争もあれば、「海洋国家」間の戦争もあったのである。戦争の禍機は、帝国主義国家の植民地と世界の覇権をめぐる争奪から始まり、戦争の結果は、侵略者の徹底的な失敗に終わった。

 1930年代のドイツ地政学は、ヒットラーがいわゆる「生存空間論」を提起したように、ただ戦争の発動の口実として利用されたに過ぎない。そのころ、日本の地政学は「皇道」と「八紘一宇」を「指導理念」として、大日本帝国の侵略戦争を正当化しようとしたものであった。戦後、平和主義が優勢だった日本では、経済地理学の研究はあるが、伝統的な地政学は、国際政治学界で、いかなる地位も占めることができなかった。
 
 しかし、現在、伝統的な地政学戦略論は、依然として、米国のグローバルな戦略を策定する上で、重要な拠り所となっている。米国の一部の人はいまも、米国、日本、オーストラリアなど「海洋国家」が手を結んで、中国を抑えこむべきだと主張している。
 
 日本でも最近、自国が「海洋国家」であることをあまりにも強調して、国家戦略を論ずる人が増えているようである。その中には、日本は「海洋国家」として、日米同盟を強化すると同時に、アジア太平洋地域の海の国々と緩やかな「海洋連邦」を結成して、「大陸国家」である中国を牽制し、それによって、日本は「太平洋統合体のリーダー」になるベきだと主張している人もいるほどである。
 
 これは、時代遅れの「海陸対立論」から来るのであり、中米、中日の間に地政学的戦略的対抗を生み出すだけで、有害無益である。したがって、国家の政策決定を誤らず、時代の潮流に順応するために、「海洋国家」と「大陸国家」が平和的に協力する「海陸和合論」を提起することは、特に重要な現実的意義と理論的価値がある。その理由は、次の通りである。
 
 第1に、「地は政の本なり」と管子が言うように、21世紀の経済のグローバル化と地域経済統合という趨勢の下で、正しい地政学の樹立は、まず植民地主義時代の発想の束縛から、脱却しなければならないからである。
 
 第2に、21世紀においては、「海陸対立」より「海陸和合」こそ、時代の流れである。統計によれば、17世紀から19世紀にかけて商業のシーレーンなどを巡る戦争は、当時の戦争全体の36%以上を占めたのに対して、それが20世紀から現在にいたるまで、3%にもなっていないのである。
 
 第3に、東アジアは、「海洋国家」と「大陸国家」からなっているので、「海陸和合」がなければ、いわゆる「東アジア共同体」の設立は、机上の空論になってしまうからである。実際に、「海陸対立論」の視点から、「東アジア共同体」構想に反対する人も、日本国内にいる。だが、このような方々が、「海陸和合」の必要性に少しでも耳を傾けて下されば幸いである。
 
 第4に、「海陸和合」は、主観的願望や理念であるばかりでなく、海と陸の国家間に客観的に存在する地理的な経済の相互補完性にも合致するからである。21世紀においては、平和と協力があってこそはじめて、海と陸の国家に持続可能な共同繁栄と共同発展をもたらすことができるのである。

「海陸和合」のあり方と役割

 「海陸和合論」の実質は、平和的なやり方で、海と陸の国家間の地政学的関係をうまく管理し、利用し、それによってその国や、その地域、また世界の恒久平和と安全、発展と繁栄を促進することにある。
 
 その基本的な内容と、追求する基本的な目標は、次のことを含むベきであると思う。
 
 第1に、海と陸の国は、互いに侵犯せず、相互に武力行使や武力による威嚇をせず、相互に内政干渉せずに、平和共存を目指すこと。
 
 第2に、海と陸の国は、それぞれ、それ自身の持つ地理的な経済の優位性を発揮し、平等互恵の経済協力と相互信頼の安全協力を展開すること。
 
 第3に、海と陸の国は、相互に開放し合い、相手側の発展と相互協力のために、地理的に有利な条件を提供し、政治対話と話し合いを通じて、両者の間に存在する矛盾や問題を解決すること。
 
 第4に、海の国と陸の国は、海と陸で線を引いて敵や味方を作ることをせず、平和と協力を共同の目標として、「海陸の調和」の実現を目指すこと。
 
 第5に、海と陸の国は、「海陸和合」の実現に努力するだけでなく、さらに「海洋国家」間の「海海和合」も、「大陸国家」間の「陸陸和合」も、同時に追求しなければならないこと。
 
 「海陸和合」は、アジアの地理的経済関係によって決定されるものである。アジア諸国は、山河が相連なり、海洋の島国もあれば内陸国もあり、また海と陸の両方の特徴を持つ国もある。関係諸国は、互いに隣り合う地理的な経済の優位性を利用し、海運や空輸、鉄道、高速道路網を通じて、いくつかの地域経済圏をつなぐアジア広域経済圏を形成することができる。
 
 報道によれば、中韓両国の地方政府は、中国の山東省煙台市と韓国の仁川との間に、列車を乗せて海を渡るフェリーを就航させようと計画している。これによって、オランダのロッテルダムから来た列車が、海を渡って直接、日本の東京に到着できるようになる。ただ、この計画の実現は、もし「海陸和合」の国際環境がなければ、想像することもできない。
 
 「海陸和合」は、海と陸の国の共通利益と相互補完性を体現している。アジアには、中国、日本、韓国などの石油・天然ガスの輸入国もあれば、ロシアや中東、中央アジアの多くの産油国もあり、海運やパイプラインの設置で、エネルギーを安定的に輸送して、相互利益をもたらすエネルギー需給ネットワークが形成できる。
 
 「海陸和合」は、安全保障の分野で、海と陸のエネルギールートの安全を確保するために、これまでになかった各種の新な脅威と挑戦に対応するうえで必要である。現在は、アジアの「大陸国家」も、マラッカ海峡やペルシャ湾を通過して、 原油を輸入し、海運を利用して、国際貿易に従事しているので、シーレーンの安全保障は、すでに、海の国家と陸の国家の共同の利益となっている。
 
 安全保障の概念は、すでに伝統的な安全保障の概念を超えている。海の国でも、陸の国でも単独でテロや海賊を含む国境を越えた犯罪、生態環境の破壊など、非伝統的な安全保障分野での挑戦に対応しきれない。国境を越えた協力によってのみ、それに有効に備え、対処することができるのであろう。
 
 「海陸和合」は、「良好な二国間関係プラス平和的多国間主義」の道を避けて通れないと思う。アジアにおける「海陸和合」のモデルの一つは、東南アジア諸国連合(ASEAN)10の成功した実践である。それに、ASEANと中国(10+1)、ASEANと中日韓(10+3)の協力メカニズムの発展も、「平和的多国間主義」の流れにつながっている。それと同時に、なお困難があるにもかかわらず、「6者協議」は、平和的対話を通して朝鮮半島の非核化を実現する唯一の道であろう。
 
 今年4月、中国の温家宝総理がオーストラリア、フィジー、ニュージーランド、カンボジアを訪問し、さらに第1回「中国―太平洋島嶼国の経済発展協力フォーラム」に出席したことは、「海陸和合」の新たな一ページを開くものとなった。これに引き続き、中国の胡錦涛国家主席の米国訪問も、太平洋両岸の2つの大国間の「海陸和合」を増進した。

「海陸和合」と中日米の関係

 「海陸和合」は、「海陸対立」を避け、「海陸のウィン・ウィン」を実現するうえで必然的な選択であり、中日関係がとるべき方向でもある。歴史の経験が繰り返し証明しているように、平和と協力があってこそ、それぞれの国にとって有利である。海と陸で線を引いて敵や味方をつくり、人為的に「脅威」と「対抗」を作り出すようなやり方では、結局、その国にとって不利になる。
 
 中日両国は、「海陸和合」を追求してこそはじめて、アジアの地理的経済の巨大な潜在能力を十分に発揮し、中日両国の子孫に幸せをもたらすことができる。現在、統計から見る香港を含む中国は、すでに日本の最大の貿易相手国となっている。日本は「海洋国家」としても、そのエネルギー、資源、市場は、中国、ロシア、中東国家などを含む「陸の国家」と切り離すことはできない。したがって、「海陸和合」の実現は、日本の国益にもっとも合致するのである。
 
 中日両国が、もし交渉を通じて東中国海の係争海域にある石油・天然ガス資源の共同開発を実現できれば、中日関係史上、初めての事業となるであろう。両国政府が『国連海洋法条約』の精神に基づいて、対立を協力に変え、係争海域で共同開発を実現することを、私は心から期待している。
 
 現在、日米の一部の人が「中国脅威論」を持っている。それは、中国の軍事力の増強について、大袈裟な話を真に受けていることから来ている。しかし、中国の経済の速い成長に伴う物価上昇幅がかなり大きい状況の下で、名目上、毎年2桁の国防費の支出増加率は、隣国に対する脅威にはまったくならない。実際には、1955年から1980年までの25年間で、日本の防衛費は17倍に増加し、年平均の増加率は、2桁以上になった経緯もある。
 
 中日両国が「海陸和合」を実現することは、日米関係を損なうどころか、かえって、中日米の3カ国関係の協調的な発展にとって一筋の活路となることができるであろう。「海陸和合論」は、日米間の「海海和合」をも提唱しているからである。
 
 米国はいまもなお、中ロを地政学的な戦略競争と警戒の相手としている。しかしもう一方では、「9・11 」(米国の同時多発テロ事件)以来、かつてなかった安全保障分野から来る圧力などによって、米国政府は、中ロがテロなど安全保障面での挑戦に、共同対応するパートナーとなるよう、促すようになった。
 
 中国の台湾問題について、米国当局は、それを中米関係の戦略的枠組みの中で、利害をはかりながら、処理しているように思われる。要するに、未来を展望すれば、中米、中日の間で、長期にわたり、平和共存と協力拡大ができるかどうかは、アジア太平洋における「海陸和合」の成敗に関わるキーポイントとなるであろう。(2006年7月号より)

 

 
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