秘境アバの自然と民族 A


黄河をはぐくむズオゲ湿原
劉世昭=文・写真
 
美しい「九曲黄河第一湾」

  「世界の屋根」と呼ばれる青海・チベット高原は、地球の南極と北極に次いで「第三極」とも称され、その東の縁には世界で最大の高原泥炭沼沢湿地がある。
 
  第4紀ごろにヒマラヤが造山運動して形作られた沼沢が、ズオゲ(若爾蓋)湿地である。

「中国の腎臓」

「九曲黄河第一湾」の向かい側の丘にある仏塔。「転経」している信者や、麓から五体倒地をしながらやって来た敬虔な信徒もいる

  ズオゲ湿地は、四川省のズオゲ県、紅原県、甘粛省のルチュ(碌曲)県、マチュ(瑪曲)県などを含み、6180平方キロの広さにおよぶ。

  湿地は人類の生存、繁殖、発展と密接な関係にあり、自然界の中で、生物のもっとも多様な生態を見ることができ、人類にとっても大切な生存環境の1つである。

チャンザから遠く離れていないアネンバ(阿念ハ)村の人々は、毎年、夏になると村のはずれに集まり、3日間にわたって「六字真言」(南無阿弥陀仏の6字の名号)を念じる

  陸地にある天然の貯水池と称される湿地は、水を蓄えて旱魃にも備える。「湿地がなければ水がない」といわれるのは、その所以である。

  また気候を調節し、土壌の浸食をコントロールし、泥砂などを堆積して陸地を造り、環境の汚染を防ぐなど、とても大切な役割を果たしている。

  中国の母なる川、黄河の上流にあるズオゲ湿地は、貯水量が多いときには8億4000万立方メートルになり、絶え間なく黄河に「体液」を送り出すことから、「中国の腎臓」とたとえられている。

神秘なチベット仏教

四川省のズオゲ県と甘粛省のルチュ県の間にあるダッツアンラモ(郎木寺)鎮には、チベット仏教の寺院のほか、イスラム教の寺院もある

  まず、「九曲黄河第一湾」を眺望するために、タンゴル(唐克)郷の索克蔵寺へ向かった。黄河がこの辺りを流れるとき何度か大きく曲がり、一番美しいのが、「九曲黄河第一湾」である。

  その景観を見るためには、索克蔵寺の後ろにある高さ200メートルほどの丘に登らなければならない。すでに海抜3500メートル以上ある今の地点から、さらに200メートル登るのは、そう楽ではなかった。

仏塔を転経していたチベット族の娘

  100メートルほど登った所には仏塔があり、その周りを、チベット族のお婆さんが孫娘を連れて「転経(聖地を回りながらお経を読む)」していた。通訳のチベット族青年、レンチンダジさんによると、お婆さんはお腹の痛い孫娘のために「転経」しており、寺のラマ僧が言うには、仏塔を3000周転経すると、病気が治るのだということだった。

牧畜民たちにとって、夏は羊の毛を切る季節

  チベット仏教は、信者が敬虔な気持ちで、寺院、仏塔、聖山、聖湖を苦行転経すれば、功徳を積むことができ、神通力の感応を得ることができると考えられている。お婆さんは、10日間で3000周、回るつもりだと言った。

  ズオゲ県旅遊局のユンリンさん(チベット族)も、かつて彼女自身「転経」して病気を治したことがあるのだそうだ。チベット仏教の、不思議で神秘的な一面を感じずにはいられなかった。

ダッツアンラモの山中にある平地は、地元の人たちや旅行客に喜ばれる場所である

  頂上から見渡す黄河は、美しい曲線を描きながら、広々としたズオゲ湿地を流れていく。

  息を呑むほどの景色を前に、カメラのシャッターを押しつづけた。レンチンダジさんも興奮を抑えきれず、踊りながら声高らかにチベット民謡を歌った。周りにいた観光客も、それに釣られいっしょに踊り歌い始めた。

オグロヅルとの出会い

オグロヅルがよく見られる花湖

  ズオゲ湿地には、オグロヅル、コウノトリ、ナベコウ、ハクチョウ、オオハクチョウ、ハゲワシ、トビ、ハヤブサ、チベットガゼルなど、多くの珍しい動物が生息している。特に絶滅の危機に瀕しているオグロヅルは、夏の時期、世界の野生オグロヅルの50%を上回る900羽以上が、この湿地で繁殖する。

  「九曲黄河第一湾」を後にし、ズオゲ湿地にある美しい湖、花湖に直行した。この湖ではしばしばオグロヅルが見られるという。

チャンザ(降扎)郷の温泉はとても神秘で、1キロ以内に5つあるが、それぞれ異なるミネラルを含み、違った病気を治すといわれている

  花湖の周りはアシにクイわれた沼沢で、湖の水面まで約200メートルあり、人工の板橋を通った。湖面はさざなみがきらめき、水鳥が空を飛び、水に潜って餌を探している。残念ながら湖周辺では、オグロヅルの姿は見ることができなかった。

  花湖を離れしばらく行った所で、道端から50メートルぐらいの草地に、頭を下げ、ゆったりと餌をあさっている2羽のオグロヅルを見つけた。私はさっそく車を降り、ツルたちを驚かさないよう、ゆっくりと近づきながらシャッターを押し続けた。警戒心の高いオグロヅルは、頭こそ上げなかったが、始終、私と一定の距離を保っていた。

「美しい落とし穴」

ズオゲへ行く途中、百羽ほどのハゲワシが集まっていた。地元の人でさえも、こんなに多くのハゲワシは見たことがないという

  突然、足が30センチほど沼沢にはまり込んだ。ずっとオグロヅルを追ってカメラのファインダーを見ていた私は、足元に注意を払っていなかった。しまったと思いすぐ引き上げたが、両足は泥まみれになってしまった。

  70余年前、中国工農紅軍が2万5000華里長征をし、この辺りの野原を横切ったとき、1万人ほどの若い兵士の命を奪ったのが、まさにこの沼沢だった。

草地で餌をあさるオグロヅル

  野原と沼沢には草が一体になって広がり、肉眼ではその境目が区別しにくい。こういう現象は、湖沼学では「浮毯(浮き絨毯)」と言われている。沼沢の水面には、浮葉植物の根が絡みついて天然の絨毯を形成し、さらに野原の草の根にもつながって、「美しい落とし穴」となる。

  空は澄み渡り、果てしない原野にはヤクや羊が群がっている。ズオゲ湿地は本当に美しい。しかし、その美しさの中にある「落とし穴」は、人々をぞっとさせる。だが、こんな「落とし穴」こそが、中国の母なる川、黄河をはぐくんでいる。(2006年2月号より)




 

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