自然と文化溶け合う天下の名山
山東省・泰山

写真・王徳全 劉水 馮進 文・馮進

 


 

 初めて泰山にやってきた私は、高ぶる気持ちを抑えられないでいた。夜明け前にベッドを抜け出して身支度を整え、ジリジリしながら出発を待った。

 用意してきた資料によると、頂上にたどり着くまでには6600段もの石段を登らなければならないという。杜甫が「望嶽」の中で詠んだ「会当凌絶頂 一覧衆山小(会ず当に絶頂を凌いで 一たび衆山の小なるを覧るべし」の心境を味わうのは、そうそう簡単なことではなさそうだ。

 春まだ浅い頃、冷たい空気に身が引き締まる。私たちはまず紅門から出発し、一天門、紅門宮、万仙楼、斗姆宮、壺天閣、回馬嶺などを通って、中天門に辿り着いた。続いて、山の斜面に沿って延びる石段を登り始めると、すぐに額に汗がにじみ出てきた。私も周りの人々のように、時折立ち止まっては一息いれ、頬を撫でる冷たい風に身を委ねた。それでも山道の険しさは相当なもので、つい先ほどまで冗談を言ったり、鼻歌を歌ったりしていた仲間たちも、呼吸が乱れ、ついには誰も口をきかなくなってしまった。それからは山頂を目指す人の流れに交じり、自分の足もとを見てただ黙々と歩みを進めた。

 どれくらい歩いたのだろう。快活三里や雲歩橋、五大夫松、迎客松、対松山などの名所を経て、ついに泰山登りの最難関、十八盤にさしかかった。十八盤は全長一`にも満たないもの、始点と終点の標高差が四百bもある険しい石段だ。「天門雲梯」とも呼ばれ、泰山の代名詞的な場所の一つでもある。石段は千六百段余りあり、地元の人々が「緊十八 慢十八 不緊不慢又十八(急ごうが急ぐまいが避けて通れぬ十八盤)」と表現する難所だ。

 十八盤を登り詰めると、目の前に南天門がそびえ立っていた。松の梢が風に揺れる音や谷間を流れる渓流のせせらぎを聞きながら前方を仰ぎ見ると、霧の合間から泰山の主峰「玉皇頂」が姿をのぞかせている。振り返って下界を見下ろせば、あたかも自分が天の川に身を置いているかのような気がしてくる。まさに絶景なり。私はしばらくこの光景に酔いしれた。

 南天門からの道は、それまでが大変だった分、ずいぶん楽に感じられる。天街、碧霞祠、唐摩崖を抜けると、玉皇頂が見えてくる。標高1545b。玉皇頂に立って周りを一望すれば、泰山の雄壮たる全体像、かつて斉や魯の国があった大地の起伏に加え、西の麓にうねる黄河の姿も見える。さすが中国の「五岳之首」、「天下第一山」と讃えられるだけのことはある。

 頂上の景色を満喫し、麓に下る。ここにある岱廟は敷地面積9万6600平方bという、泰山で最大にして最も保存状態の良い古代道教建築群だ。門前の遙参亭や岱廟坊のほか、廟内にも150間もの建物が並び、いずれも堂々たる迫力に満ちている。皇宮の建築様式を採用しており、その規模は全国の祠廟の白眉。歴代の皇帝がここで天地の神を祀る儀式を行ったことでも知られる。それは中国史の中で脈々と受け継がれた一つの伝統で、ここに足を運んだ皇帝は、有史以前に72人、有史以後にも秦の始皇帝、漢の武帝、唐の玄宗、宋の真宗などがいる。

 また、泰山では多くの僧や道士が布教をし、歴代の文人たちが詩文を残してきた。山中の遺跡建造物には、彼らが残した二千二百以上の碑や石刻、あるいは彼らに関する逸話伝説が残されている。昔の人は、この山への敬慕の念を「登泰山而小天下(泰山に登れば 天下小なり)」と表現した。

 泰山の価値はユネスコからも「優美なる自然と悠久の歴史を物語る文化が独特の形で融合している」と高く評価され、1987年、世界自然 文化遺産に登録された。(2000年7月号より )