この「闘彩農耕図扁壺」は、清の乾隆年間(1736〜1795年)に、景徳鎮の官窯で焼かれた逸品である。闘彩磁とは、白地に藍色で描いた下絵つけと、彩色を施した上絵つけとが結合した貴重な磁器で、その原型は、金代の磁州窯系統の、黒で下絵つけし、赤緑黄で上絵つけしたものが結合した製品にまで遡ることができる。
闘彩の彩色技術は比較的複雑である。まず純白の生地の上に、藍色で絵の輪郭線を描き、透明な釉薬をかけて千三百度の高温で焼いたあと、輪郭線の中に天然の鉱物顔料を埋め込んで、窯に入れて低温で焼く。こうしてはじめて、美しい闘彩磁が完成する。あるいは、藍色でおもな絵を描き、その後で、上絵つけの手法で残りの部分に色づけすることもある。
この扁壺は、昔の扁平の形をした壺を模してつくられている。壺の首は細く、まっすぐで、壺の腹部は扁平で丸く、壺の下には楕円形の輪状の足がある。壺の首の部分には、透かし彫りの、胴体をくねらせた二匹の竜の形をした耳がついていて、首の前と後ろの両面には、それぞれ一匹の蝙蝠が逆さまにぶら下がっている。これは「蝠」の発音が「福」と同じであるところから「幸福がやってくる」という寓意が込められている。
壺の腹部の両面には、闘彩で絵の主題を描き、江南の水郷の田園風景を描写している。青山、緑水が水田をとり囲み、笠を被った農夫が一人、牛に板を引かせて田をならしていて、それを小牛が一頭、田の畦で後ろを振り向いて見ている、という図である。
壺の反対側の腹部も同じようで、農夫が犂で田を起こし、遠くに山があり、近くには樹木があり、夏の太陽は熱く、雲は流れ、平安と吉祥の中で、居に安んじて業を楽しむ田園の風光が描かれている。
壺の底には、「大清乾隆年製」という六文字の篆書の款(文字)がある。
この壺の釉薬をかけた表面は、玉のようにつややかで透明感があり、色彩は鮮やかで、色の濃淡がほど好く、造型技術は精緻で、絵の配置や構想は巧みであり、明清の官窯でつくられた闘彩磁の中の、素晴らしい逸品であることは間違いない。(2004年6月号より)
|