首都博物館が所蔵している磁器は、数が多く、逸品も多い。その中で元代の白衣観音菩薩座像は、元の大都の遺跡から出土した。中国で現存する唯一の元代の景徳鎮で造られた青白磁の傑作である。
中国の人々に一番崇拝されているのは、観音菩薩と弥勒仏である。浄土宗では、観音菩薩は阿弥陀仏の息子とされている。阿弥陀仏は太陽の神で、陽が落ちる西方に住んでいる。
中国の観音崇拝は四世紀ごろに始まり、法顕(337〜422年)がインドに留学した時、ただ一カ所で大乗仏教徒が観音菩薩を崇拝しているのを見たと記載しているが、玄奘(602〜664年)がインドに赴いたときには、観音像の拝む多くの人を見た、と記載している。
中国の南北朝時代には、年々戦争が絶えず、庶民は非常に苦しい境遇にあって、ただ『観音経』を念じ、観音菩薩に大慈悲の救いを求めることしかできなかった。
中国では、観音菩薩についての伝説は少なくない。伝説によると観音菩薩は、33の姿に変化することができる。そのうち、最も広く崇拝されているのは聖観音、白衣観音である。子授け観音は生命を授けるので、婦人に一番崇拝されている。
観音菩薩はもともと男と言われるが、成仏した後、神通力が大きくなり、弥勒仏に従って衆生を救済し、天下に善を行ったとされる。普通の人間は音を「聞く」ことしかできないが、観音菩薩だけは音を「観る」ことができる。だから世の中のすべてのことは、観音の目から逃れることができない。そのため「観音」と言われるのだという。
後に、観音菩薩は、「男女の間に直接に物のやり取りをしない」という世の慣わしに配慮し、婦人の苦悩を除こうとするからには自らも美しい婦人の姿に変身することになったのである。
この観音菩薩像は青白磁を使い、純潔かつ高雅であり、もの静かで荘重な、衆生済度の大慈悲の姿をいっそう引き立たせている。(2004年10月号より)
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