抗日戦争でも有数の大規模会戦「百団大戦」の最中の1940年8月、戦火で両親を無くした日本の女児・栫(かこい)美穂子さん姉妹は、中国共産党・八路軍の兵士に砲火の中を助け出された。当時、晋察冀軍区(今の河北省・山西省に相当)の司令員だった聶栄臻元帥は、姉妹を手厚く世話し、まだ交戦中だった日本側の兵営に送り届けた。聶元帥のこの美談は、中日両国の人民間の友情を証拠づける歴史的なエピソードとして今に伝えられる。
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聶元帥と栫さんの再会=1980年7月14日、北京・人民大会堂で |
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栫さんを親族の元に返すよう、聶元帥が日本側司令官に求めた直筆の手紙 |
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聶栄臻司令員(当時)と栫美恵子さん |
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「人民網日本語版」2005年8月26日
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