上海に生き

市井の人々を通して中国と日本を描く 林恵子さ

 
   林恵子 上海生まれ。1977年、吉林大学卒業。1987年、中国作家協会魯迅文学院修了。江蘇省昆山市宣伝部新聞幹部を経て、1988年日本留学。1995年からは日本と上海を行き来する生活を送っている。『一人の中国女性が見た日本人』など著書多数。本名・朱恵玲。技術者の夫と19歳の息子の三人暮らし。    須藤 美華

 「私の見た日本人の真実の姿を伝えたい」

話し上手で 聞き上手

 作家、林恵子さん。市井の人々を通して、中国と日本を描き続ける作品が注目を浴びている。

 精力的に執筆活動を行っている彼女の最新刊はエッセイ集『中国男性と日本男性』、今年1月に江蘇文芸出版社から発刊された。昨年出版された『中国女性と日本女性』(文匯出版社)の姉妹編だ。

 長期の日本滞在経験と面倒見の良さから、林さんの周囲はいつも賑やかだ。上海の日本留学経験者の会(会員約300人)では、理事も引き受けている。その顔の広さで、人と人を結びつける。かくいう私も、困った時の「林頼み」で、上海の友人を何人も紹介してもらってきた。

 ポンポンと早口の言葉が飛び出してくる一方で、さすがは作家、聞き上手でもある。いくつかの会で席を一緒にしたことがあるが、どんな席でもスッと溶け込み、面白い話を聞き出してしまう。そんな姿にほれぼれする。『中国女性と日本女性』では、私もほんの少し取材に協力をした。的確な質問と、いつもと変わらないお喋りをするような感覚。知らず知らずのうちに、気持ちよく取材を受けていた。出来上がった本を見ると、端的に日本女性の感性が描写されていた。

懸命に生きる日本人を 取材し続ける

 林さんは、文化大革命で吉林省に下放され、そのまま吉林大学文学部で学んだ。1982年から上海近郊の昆山市に移り、同市宣伝部に所属した。その後、幹部職を捨てて、88年日本へ留学。

 「当時は、日本へ多くの中国人が留学するようになっていました。私も日本がなぜこれほど経済発展したのかを知りたくて」

 東京では、ビル掃除や雀荘などのアルバイトをいくつも掛け持ちしながら、日本語を必死で学んだ。睡眠時間は、平均四時間。そんな忙しい生活を送りながらも、日本を、日本人を理解したいという気持ちが薄れることはなかった。アルバイト先や近所の商店などで出会った日本人たちと話しながら、取材原稿をストックしていった。

 池袋で小さな居酒屋を開店し、苦労して繁盛させた夫婦や、地方から上京し、波瀾の人生を送りながら銀座でスナックを経営する女性など、懸命に生きる日本人を2年間、取材し続けた。やがて、それは『一人の中国人女性が見た日本人』という一冊のノンフィクションとして出版された。

 「そこのころはまだ無名でしたから、出版にこぎつけるまでに何度も中国と日本を往復しました」

 出版社が、新人の作品出版に二の足を踏む場面もあったが、自分が見た日本人の真実の姿を伝えたいという強い思いが作品を世に出した。半分は自費出版のような形になったものの、93年に開催された中国初の文学作品競売の出品作にも選ばれ、高い評価を受けた。

ふれあい大切に 人を描き続ける

 日本滞在で一番感動したことは何ですかと尋ねたら、林さんは思いを馳せながら、東京で最初に住んだアパートの隣人の話をしてくれた。

 その頃の彼女は、ほとんど日本語を話せず、隣人の日本人ともコミュニケーションをとることができなかった。しかし、明るくあいさつをする姿やその振る舞いは、日本の独居老人には好ましいものに映っていたのだろう。

 「隣に住んでいたおじいさんが、私のために一生懸命中国語を覚えてくれたのです。とても感激しました」

 上海の故郷からは娘を心配して母親が電話をかけてくる。娘はアルバイトや学校に忙しい。自ずとその老人が、アパートの共同電話をとることになる。日本語を話せない母親のために、中国語で「彼女は今、出かけているよ」と伝えるのが習慣となっていった。

 林さんも、老人の体調を心配して、中国特製のスープを作ってあげるようになった。日本語が上達するにつれ、話し相手も務めた。アパートを移った後も、彼女あての郵便物を届けに来てくれるなど、林さんと老人のつきあいは続いたという。

 彼女の作品は、徹底した取材をもとに描かれているが、それも人とのふれあいを大切にする林さん自身に、多くの日本人が共鳴したからではないかと思った。

 彼女は「人」を描き続ける。三年を費やし、50万字に及ぶ長編小説も書きあげた。出版に向けて、準備も進んでいる。 [ 筆者略歴 ] 日本での出版社勤務後、留学。北京週報社・日本人文教専家を経て、現在、復旦大学大学院生

[林恵子さんのプライベート]

◆マイブーム…旅行
◆週末の過ごし方…仕事をしたり、友人に会う
◆上海のお気に入りスポット…話題のレストランやスポットには友人とよく出かけます。お気に入りはその都度、変わりますね
◆スポーツ…水泳
◆ストレス解消法…眠る。本を読んだり、音楽を聞く。友人とのお喋りも有効な解消法です(2001年11月号より)

[筆者略歴] 日本での出版社勤務後、留学。北京週報社・日本人文教専家を経て、現在、復旦大学大学院生