潤いをもたらした新しい風

曹静霞さん(手前)は、ゆったりとした空気の流れる「蘭逸倫健身クラブ」でヨガを楽しむ。

 曹静霞さんは、大学卒業後の数年間、翻訳者として働き、いまは駐中スペイン大使館に勤務している。34歳で、結婚もしている彼女は、昼間は仕事、夜は家事という忙しい生活を送っていて、空いた時間のほとんどは、3歳の息子の世話に追われている。そんな変わり映えのない日々に、ふと疲れを感じることもあった。

 半年前、彼女の家の近くに、フィットネス(健身)クラブがオープンし、生活にちょっとした変化が訪れた。いまでは週2回、ヨガを学んでいる。静かな環境の中で、優雅な音楽に耳を傾け、コーチの緩やかな動作に合わせて、自分と大自然が美しく融合していく様子を想像する。彼女は精神的な安らぎを覚え、日頃の疲れを吹き飛ばすことができるようになった。

 曹さんは、週二回の自分のためだけにある夜は、一種の享受だという。そして、こんな思いを抱けるからこそ、フィットネスクラブに通い続けている。

 妻であり母でもある彼女だが、ひと世代前の多くの女性のように、仕事と家事に追われ自分を見失いたくはないと考えている。自分を見失っては、家庭や子どもに対する責任を果たせるはずはないとの思いがあるからだ。健康で幸せな生活を送るためには、家庭の一端を支える女性の精神状態が非常に大切だ。もし、女性が病弱では、子どもの発育に直接影響してしまう。

 曹さんがフィットネスに出掛ける際、子どもの面倒は夫が見る。夫が週末に友達とバドミントンに出掛ける際には、彼女が子どもと一緒に過ごす。二人が自分に適した運動を楽しむことで、家庭生活もうまくいく。日曜日には、子どもと夫と三人で出掛けることが多いそうだ。

若者の中に入っても、まったく遜色のない63歳の武淑英さん(前列右)

 「浩沙健身クラブ」で武淑英さんに会った時、彼女はスポーツウェアーに身を包み、額にはヘアバンドをつけていた。若い女性と一緒にダイエット体操(健美操)をしていた彼女の足取りは軽快だった。とても63歳で、定年退職してすでに3年になる人には見えない。以前、公共事業局でプロジェクト予算管理の仕事をしていた。長年オフィスワークをしてきたが、生まれつき明るく、動き回るのが好きな性格だったため、どんな出来事にも関心を寄せた。定年退職後、最も恐れていたのは、仕事場を離れることで、自分と社会のつながりがなくなってしまうことだった。

フィットネスクラブで汗を流す光景も、都市部ではめずらしくなくなた。

 彼女は、フィットネスを通して、社会とのつながりを持てるだけでなく、体を鍛えられ、これからの生活を魅力的なものに変えられると考えている。いまでは毎朝、朝市で買い物をし、部屋の掃除をして、午後にフィットネスクラブへ出掛ける。ダイエット体操やボクシング体操だけでなく、若者に人気のストリートダンスまで覚えた。時には、自分に合ったフィットネス・マシーンで汗を流すこともあり、とても充実した生活を送っている。年齢については、あまり気にしたことがなく、「心の中では、まだ年老いたなんて思ったこともないわよ」と笑う。フィットネスクラブで楽しい時間を過ごしているからだろう。

 中国人の生活水準の向上にともない、栄養過剰による肥満に悩む人も増えてきた。ダイエットのために、フィットネスクラブに通う人も多い。

ダイエット関連商品は、消費者の心をつかんだ

 しかし、全員が全員、必ずしも肥満とは言い切れない。20歳を少し超えた胡多迦さんは、会社で会計担当をしている。誰が見ても、肥満には見えないスリムな体をしているが、フィットネスクラブでの週二回のエクササイズ(痩身)を欠かさない。彼女が言うには、「ダイエット」(減肥)と「エクササイズ」は二つの概念で、「ダイエット」は、ぜい肉を落とすこと、「エクササイズ」は、理想的な体型に近づくためにさらに体重を落とし、より高い美を追求する方法を指すそうだ。彼女の例が示すように、フィットネスの目的は、単なるダイエットや体力作りから、美の追求へと変わってきていて、これらの新しい言葉が、あちこちで使われるようになった。

 20代から30代前半の女性向け雑誌『Lady都市主婦』の調査によると、約80%の女性が自分は理想的な体型ではないと考えていて、約45%の女性が節食の経験があり、約35%の女性がダイエット食品を食べていて、約21%の女性がスポーツダイエットを実践している。今日、より多くの中国人が、見た目の美しさを追求することで、精神的満足を得ようとしていて、実際に、自分の仕事と生活の中でこのような満足を享受している。

新しい多種多様なフィットネス

公共スポーツ施設も廉価で市民に開放されている。

 前述の曹さんは、実は、それほどスポーツが好きではない。しかし、30歳を超えたことで、これからも適切な方法で健康を維持し、プレッシャーの大きな生活の中でうまくリラックスしたいと考えるようになった。そこで、自分に適した方法を探すため、いろいろ試してみた。ダイエット体操を習ったこともあったが、速いリズムで踊った時、どうしても心臓が飛び出てしまうような違和感を感じた。自分の体と性格には合っていないと思った彼女は、のちに、友達から紹介されて、ゆったりとしたリズムで体を鍛えられるヨガに参加するようになった。ヨガをはじめてしばらくすると、柔軟性が増し、精神状態もより安定するようになったと感じた。

 ヨガの他にも、舎賓(ロシアではじまった総合的な健康法)やフェンシング、アクア・フィットネスなど、中国に入って来て間もない健康法は少なくない。これらは、美の追求と切っても切れない関係にあり、個々でトレーニングのスケジュールを組むことができる。昔ながらの「体を鍛える」だけの方法とはだいぶ違う。

ボディービルディングによって筋肉美を手に入れようとする男性もいる

中国で、フィットネス(健身)という言葉が使われだしたのは、1980年代末からだ。しかし、当時のフィットネスといえば、ジョギング、バスケットボール、バドミントン、卓球のようなもので、活動場所は、学校や工場、職場、生活区の空き地だった。現在でも、場所によっては、忘れ去られたようにセメントやレンガで造られた卓球台が残っている。

 ダイエット体操が中国に登場したばかりの頃、若者がコーチに合わせて体を動かすのを見かけたものだった。私は好奇の目で見ていたが、どうしても見慣れなかった。ダイエット体操の際に身に付ける服の露出度があまりに高かったからだ。当時は、舞踏のようなこのスポーツが、自分と関係のあるものになると考えた中年以上の人は、ほとんどいなかった。

 しかし最近では、多くの人が、テレビで放送されている「毎日5分間のフィットネス」という教育番組を見て練習をはじめた。フィットネスは、まるで流行語のように都市部に広がっている。

自分のフィットネス理念を話す蘭逸倫健身クラブの経営者・高麗娟さん

 中国人は、単調なダイエット体操では、すでに満足できなくなっている。フィットネスクラブでは、フィットネス・マシーン、ストリート・ダンス、テコンドー、ボクシング体操、バレエなど、思い思いに体を動かす人たちに出会える。バスケットボール、バドミントン、卓球の好きな人々は、公立の施設を借りて汗を流す。屋内プールやテニスコートも、祝祭日はいつでも予約でいっぱいだ。三十歳前後の人の中には、食事やカラオケで接待する代わりに、体育館でのスポーツに誘う人も、だんだん現れるようになった。

 北京のフィットネスクラブは、すでに百店舗を超えた。サービス内容を充実させ、独自性を打ち出すことが、各クラブが生き残っていくためにとっている共通の経営努力になっている。

デパートなどにも、フィットネス・マシーンの販売コーナーができた

 経営者の高麗娟さんによると、「蘭逸倫健身クラブ」は「現代女性の心の家になること」を目指しているという。同クラブでは、健康相談、心理療法、ヨガ、皮膚美容、アロマ入浴、リンパ療法などの多様な方法を用いて、体と心の全面的なケアを行い、高収入のホワイトカラーの女性に受け入れられている。

 また、北京で人気の高い「浩沙健身クラブ」は、数多くのサービス内容と、低めの価格設定で、低所得者層を会員に取り込んでいる。私が足を運んだのは、北京の七店舗のうちで最も小さな店舗だったが、それでも固定会員は300〜400人と少なくなかった。フィットネス市場の大きさを思わずにはいられない。

庶民のフィットネス

山登りは、都市部のお年寄りに人気の健康法

 フィットネスクラブが大流行しているだけでなく、屋外で体を鍛えている人たちも少なくない。北京で最も人気があるのは、山歩きやハイキングだ。北京の西郊外に位置する香山は、もともと紅葉狩りのスポットとして人気だったが、最近では、山歩きスポットとして有名になった。

 香山に出掛ける人は、すでに定年退職したお年寄りが多い。早朝、夫婦仲良く朝一番のバスに乗って麓まで行き、山頂から日の出を拝む人もいる。多くの年配者は、若い頃と同じように山の頂を踏みしめることで、自分がまだまだ元気なことを証明できる。また、大自然の新鮮な空気と四季折々の色彩と山野の情趣が、何にも変えがたい喜びを与えてくれる。

 西三環路沿いに住む劉さんは、今年66歳。定年退職後、妻の呉さんと山に登るようになった。そんな生活が長くなり、二人は働いていた時以上に健康になった。しかしある時、娘と娘婿が突然忙しくなり、5歳の子どもの世話を頼まれた。二人にとっては、娘も孫も大切だが、山歩きも捨てがたかった。そこで、最善の方法を思いついた。二人が交替で孫の世話をして、順番に山に出掛けるという方法だ。毎週、二人は順番に、二、三日山に行き、二、三日孫の世話をするという生活をしている。のんびりする時間はないが、とても充実した生活を送れていると感じている。

政府主導で生活区や街角に設置されたフィットネス・マシーン。市民は無料で利用できる(写真・楊振生)

 もちろん、誰もが望みどおりの健康法を取り入れられるわけではない。人によっては、経済的な理由や消費観念の違いから、フィットネスクラブや公共施設ではなく、屋外での活動を選ばざるを得ない人もいる。

 幸いにも、無料または安価な健康法がたくさんある。都市の公園は、朝六時頃に開園するが、一年有効の入園定期券は、数十元で手に入る。一方、生活区に備え付けられているフィットネスマシーンは無料で利用でき、自宅の庭で体をきたえる感覚だ。そのため、早朝や夕食後のひと時は、街の空き地や生活区の広場は、「屋外ダンスホール」に早変わりし、踊りのうまい下手に関わらず、思い思いに楽しむ姿を見られる。また、夕食後の散歩を楽しみ、「食後の散歩は長寿の秘訣」と信じている人も多い。

定年退職者の大部分は、いまでも生活区の広場や公園で体を動かす

 健康法の優劣は、消費水準の高低とは関係がない。重要なのは、それが科学的かどうかだ。香山公園では、お年寄りが山登り中に発病したり、怪我をしたりするケースがある。そのため、公園の管理事務所では、救護隊を組織して、不測の事態に備えるようになっている。

 フィットネスクラブには、必ず健康相談窓口があり、新会員のためにフィットネス計画を提案している。香山公園の登山道にも、科学的な山登り法を説明する木製の標札が建てられた。北京の定年退職した医者は、『登上健康快車』(健康急行に乗りましょう)という、ユーモア満載のわかりやすい健康知識を紹介した本を書き、人気を博している。同書の初版5万冊は5日で完売し、一カ月の販売冊数は38万冊を突破した。

 豊かになりつつある中国人は、健康な体を手に入れ、快適な生活を送りたいと願っている。「国民総フィットネス参加」は、こんな欲望の表れである。(2003年4月号より)

∇フィットネスクラブ会員の年齢層
(資料提供:浩沙健身クラブ)
 25歳未満 30%
 25歳以上40歳未満 60%
 40歳以上 10%

∇北京のフィットネスクラブの価格帯(年会費)
 低価格 1800〜2000元程度
 中級〜高級 5000元程度
 最高級 7000元程度

∇北京の公共施設の利用料金
 屋内バドミントンコート  約30元(1時間)
 屋内テニスコート     約120元(1時間)
 屋内プール遊泳料    15〜30元程度
                 (1時間半)

フィットネスクラブに通うのは、高収入者が中心