変わる子育て

父親になって3日目の劉軍さん

 父親になったばかりの劉軍さん(35歳)に初めて会ったのは、産婦人科の病室。彼だけでなく、生後三日の息子までが緊張しているように見える。赤ん坊は、母体を離れてはじめての「水泳」を楽しみ、劉さんは、看護士の指導を受けながら、息子に軽くマッサージをしている。

 最近、北京の大病院では、「赤ん坊水泳」という新しいサービスが始まった。赤ん坊に水中で自主的に動くことを覚えさせることで、水が視覚、嗅覚、触覚などの発育を自然に促し、さらに水中マッサージにより、皮膚や手足、関節、骨格に、適度な刺激を与える効果がある。

 このような方法は、新生児の知力の発育や健康な体作りに役立つ。劉さんの妻の張 さんは妊娠糖尿病を患い、帝王切開を行ったため、「水泳」は、新生児にとってより重要な意味を持つ。

 息子が生まれてから、劉さんは24時間体制で病院に詰めて赤ん坊の世話の仕方を学んでいるが、看護士の助手にならざるをえない。劉さんの不器用さに看護士長は、「育児研修に参加しないからよ。本当に何もできないお父さんね」と手厳しい。

北京で開かれた幼児用品国際博覧会

 劉さんは中国中央テレビの技術部門に勤務。しばしば残業がある。妻が妊娠してから、育児の本を読んできたが、病院の妊婦学校で週末ごとに開かれる育児研修には一度も参加しなかった。本から学んだ知識は、医者や看護士から直接学んだものほど実用的ではないのだろう。数日間の実践を踏んで、自宅で妻と赤ん坊にどう接すればいいか、ようやく自信を持てるようになった。

 近年、中国の都市部では、育児法に大きな変化が起きている。かつては新生児を満腹にさせて、温かくして、清潔に気をつければよかったが、最近では、科学的な栄養バランスや知能の発掘が重視されている。新米ママは、病院で科学的な育児知識と方法を学ぶ必要がある。

 以前の赤ん坊は、小さな掛け布団にくるまれ、手足がきつくしばられ、小さな顔だけが見えていたため、俗に「ロウソク包み」と言われていた。東北地方ではさらに、赤ん坊をカゴの中に入れて天井からぶら下げ、一日中寝かせておいた。これは、扁平の後頭部こそ、健康で美しい証しと考えられていたからだ。

もうすぐ父親、母親になる人向けに、北京人民病院産婦人科が開いている産前研修

 それがいまでは、赤ん坊を自由に活動させることが提唱され、しかも、毎日軽いマッサージを行い、健康な発育を促進するようになった。

 病院では、妊婦や新米ママへの教育と指導に注意するだけでなく、看護法も人間的になり、はるか昔に出産した私のような人間にはうらやましくて仕方がない。いまの産婦人科では、母と赤ん坊の同室を提唱し、母親のベッドの隣に、赤ん坊の小さなベッドを置くことで、24時間一緒にいることができる。これは、若い母親を安心させるだけでなく、母乳での育児を成功させる可能性を高める。

 1980年代初期の産婦人科の規則では、家族が見舞いに行けたのは、週三日間、しかも午後だけだったと記憶している。しかも、赤ん坊は病院の新生児室で看護を受けたため、母親ですら、1日に2回の授乳時にしか、自分の赤ん坊と対面できなかった。20分の授乳では短すぎ、「看護士が病室から赤ん坊をさらっていく時間」になると、名残惜しい母親は、不満がたまったものだった。

 劉さんと張さんには、このような悩みはない。しかし、子どもを育てる難しさはまったく変わらず、家族3人が帰宅してからの最大の問題は、「誰に子どもの世話を手伝ってもらうか」である。

子育てでぶつかる壁

赤ん坊の皮膚マッサージをする月嫂の范国俊さん(左)

 劉さんは早くから、妻の実家にしばらく世話になり、義母に手伝いをお願いして、子育てをしようと考えていた。しかし意外にも義母はせっかちで、古い育児法を曲げない人だった。病院で学んだ科学的な新しい方法を我慢強く実行せず、正しい理解もできていなかった。そのため、教師をしていて、科学的な方法で子育てをしたいと考えていた張さんと実母の間に衝突が起き、どんどん矛盾が大きくなり、劉さんを悩ませた。

 中国の一般家庭ではかつて、お年寄りが自分の子どものために孫の面倒を見て、育児経験を伝えていく習慣があり、お年寄り自身も、孫との悠々自適な生活を楽しんだものだった。

伝統的な布オムツは使い捨てオムツに取って代わった

 いまの都市部では、状況が変わりつつある。定年退職後も別の仕事を続けるお年寄りが増え、完全に隠居する人でさえ、孫のために家に閉じ込められるのを嫌う。なぜなら、都市在住のお年寄りの生活は彩りに満ちている。山歩き、公園での散歩、ダンスなどを通して健康を保ち、生活の質を高めたいと考えるからである。

 もちろん、経済的事情さえ許せば、両親に苦労をかけたくないと考える若い夫婦が多い。少なくない若者が、子どもを実家に預けた上で、家政サービス会社でお手伝いさんを雇い、両親の指示のもと、お手伝いさんに子どもの世話をしてもらう。こうすることで、自分の両親に苦労をかけず、若い夫婦も安心できる。

 近年普及してきた育児法と早期教育により、若い夫婦は、伝統的習慣にしばられず、科学的な方法で育児をできるようになった。都市部には、科学的知識に基づいたサービスを提供する会社も登場している。

別料金の特別病室。ここでは、赤ん坊の父親が、産後の妻と子どもの世話ができる

 「北京月嫂愛心サービスセンター」は、そんな会社の一つ。1999年末に設立され、当初は、35〜50歳の中卒以上の北京生まれのリストラ労働者を募集した。面接、健康診断、専門研修、産婦人科での実習のあと、依頼者の家庭で産婦と赤ん坊のお世話を担当する。

 このようなお手伝いさんは「月嫂」と呼ばれる。本人も育児の経験がある女性で、専門的な知識とノウハウを持つため、依頼者は絶えない。

 小学校教師の任瑩さんの家で、月嫂の范国俊さんと知り合った。彼女は、任さんが赤ん坊を産むとすぐに、任さんの家にやってきて、生後二カ月まで面倒を見る契約を結んでいる。赤ん坊への授乳から任さんの補助まで何から何までこなす范さんは、いまでは任さんがもっとも頼りにする人となり、まるで家族のように付き合っている。

子ども向け番組の撮影は少なくなく、子どもたちにも大人気

 もともと、任さんの両親と夫の両親は、ともに定年退職していて十分な時間があったが、彼らをわずらわせたくなかったことが、月嫂を頼んだ理由。また、彼らの育児法は時代遅れのものが多く、新しい知識を知らないが、月嫂には専門知識があり、頼るに足ると判断した。その結果、産後検診の担当医は任さんに、月嫂が面倒を見ている子どもは他の子よりも背が高く、発育が早く、健康そのものといわれたという。

 前出の劉さんも、散々な経験をした後、専門の会社から月嫂を派遣してもらった。自宅は狭いが、月嫂の手を借りて、妻と息子との3人の生活はようやく平静を取り戻したという。

産後に「ふっくら」

多くの親が、幅広い興味を持たせるために、各種の展覧会などに子どもを連れて行く

 中国の伝統では、出産後の一カ月はとても重要な意味を持ち、通常、「月子」と呼んでいる。

 「月子」の決まり事は、かつては山ほどあり、地域によっても違っていた。例えば、自宅の門やドアに赤い布きれを掛けることで、来訪者に、「坐月子」(産後一カ月間の養生をすること)をしている女性がいることを伝え、その期間の訪問を自粛するよう暗黙の了解を得る習慣などがあった。

 産後まもない女性は、毎日タマゴ、アワの粥を食べ、赤砂糖水を飲み、なるべく多く、チキンスープやフィッシュスープなどの栄養価の高い料理を摂る。この他にも、風に当たってはいけないなどの決め事があり、厳しいケースには洗髪や入浴、読書が禁止され、怒ったり泣いたりすることも許されない。お年寄りがしばしば、「月子」の期間に病気になれば、次の「坐月子」でようやく完治するという言い伝えを口にするほど、重要な期間である。

 これらの決め事は、産婦に休養を与え、栄養を摂らせ、赤ん坊の世話に集中させるためのものだが、あまりに行き過ぎていて、科学的ではない。

子どものIQ(知能指数)を上げるため、若い夫婦は子どもを連れて様々なイベントに参加

 都市では、育児だけでなく、産婦へのいたわりも、ますます科学的になっている。多くの新米ママは、入浴禁止、読書禁止といった古いしきたりには従わず、食事の面でも、かつてのように肉や魚のスープを単にたくさん摂るのではなく、栄養バランスを考え、料理に栄養価の高い漢方薬を入れることもある。

 范さんは、月嫂なら誰でも、スープの中に西洋ニンジン、冬虫夏草、当帰などを入れ、産婦の健康回復に役立つおいしいスープを作ることができるという。

 かつては、産休明けの産婦は、色白でふっくらとしていた。人々はこんな体型こそが健康そのものであると考えていた証拠で、「月子」で栄養を充分に摂ったことを意味した。しかし最近の若者は、まったく違った考えを持っている。多くの人が、「月子」の期間にシェープアップを開始し、スリムな体型で仕事に戻りたいと考える。任さんも、産休が終わるまでに、体重を妊娠前の水準に戻したいと話す。

育児の経済的負担

 一人の子どもを養うには、どのくらいの経済的負担があるのだろうか。育児法によって、当然、出費は違い、一般家庭と高給取りのいる家庭でも大きな差がある。取材を通して、育児法だけでなく、育児用品の変化にも驚かされた。

 1980年代初頭、赤ん坊用の牛乳を手に入れるには出産証明が必要で、量が足りなくても、らくがんや粥の量を増やして与えるしかなかった。しかしいまの都市の赤ん坊は、一週間分で200元もする輸入粉ミルクを口にしている。

 また以前なら、中国の子どもがトイレを覚える前には、尻割れズボンを穿かせ、布オムツを交換する手間を省いていた。しかし使い捨てオムツが登場してからは、尻割れズボンや布オムツはほとんど見られなくなった。

 百貨店の幼児用品コーナーには、品種やデザインが豊富な哺乳ビンから乳母車まで、何でもそろっている。輸入品も手に入る。これは、育児にかかる費用の高さの証明である。

 また都市部では、高齢出産の妊婦が増えている。『北京晩報』によると、天津市では、2001年の出生数は7万4600人で、5年前から2万4000人ほど減少した。同時に、同市で検診を受けた35歳以上の高齢の妊婦は4000人で、全体に占める高齢妊婦の割合が、ここ数年上昇傾向にある。北京人民病院が2002年初頭に公布した統計によると、5年前には22%だった30歳以上の産婦が、44%を占めた。35歳以上の妊婦の割合も、1990〜95年の2・3%から、97〜2000年の3・2%に増えた。

新米パパと新米ママの学習ツール、育児教育用ビデオCD

 10年前、25歳で母親になるのは普通のことだった。しかし今日では、医療専門家が、「25歳が出産に最適」とお墨付きを与えていながら、多くの人は、25歳で母親になった女性に対して、「もう子どもがいるの?」と驚きの声を上げるようになっている。現在の都市の女性は、「最適齢期」を少なくとも五年ほど遅らせていて、子どもを作らないディンクス家庭も増えてきた。

 最近の夫婦が、子作りを遅らせたり、子を作らなくなった理由は多い。南開大学人口及び発展研究所の李建民所長は、次のように語る。 中国では「子育てをして老後に備える」という伝統観念が数千年続いてきたが、いまの都市では、老後に子に頼る必要はなくなった。若者は、自身の発展に重きを置き、女性にもより多くの選択や社会参加の機会があふれている。同時に、子育てには精神的、物質的な消耗が大きく、掛かる費用の増加も、若者の負担になっている。

 現在、子育ての変化は、多くが経済的に発達した地域で起こっている。一方貧困地域では、高いとはいえない生活水準と、良いとはいえない医療条件、それに伝統的な習慣が、子育ての観念や方法の変化を妨げている。2004年3月号より



▽中国の新生児誕生数(国家計画生育委員会のデータ)
 約1647万人(2002年)

▽中国の女性産休規定
 ・1988年以降 90日(帝王切開など難産の場合105日)
 ・1988年以前 56日(   〃        70日)
 ※産休のうち、15日は産前休暇 
 ※産休期間の給料は、ともに100%支給

▽出産入院の期間と費用(北京人民病院の例)
 ・通常(安産)4日間、約2000元
 ・帝王切開など難産の場合5日間、3000〜5000元

▽「月嫂」のサービス料金
 (北京月嫂愛心サービスセンターの例)
 ・住み込みの24時間サービス 2000〜2200元(月)
・ 8:00〜18:00の10時間サービス 1700〜1900元(月)