様々な老後生活

劉雲普さんは北京市の海淀老齢大学で書道を学んでいる

 北京林業大学の行政管理部の幹部であった劉雲普さん(68歳)は、数年前に定年退職した。妻の張さんは一歳年下で、青海省地質鉱産局の技師だったが、やはり定年退職している。一人娘は林業大学の図書館に勤めている。

 劉さん夫妻は現在、簡素だが規則正しい生活を送っている。買い物や食事の支度などのほかは、気功や太極拳をしたり、書道や絵を描いたりすることが生活の主になっている。

 二人は毎週二日、連れ立って高齢者大学に通っている。張さんは中国画の講座を受け、今は牡丹の絵の描き方を学んでいる。劉さんは書道のクラスで草書を専攻している。

 「私たち二人は、これまで半分以上、離れて生活していました。年取ってからようやく、一緒に暮らせるようになったのです。今は『同級生』でもあります!」劉さんは現在の生活にとても満足している。

浙江省杭州市の紫陽街道科学技術活動センターでは、老人が小学生たちにインターネットの使い方を教えてもらっている

 このような充実した老後生活は、30年前には想像できなかった。当時は物が不足していて、人々の収入は少なく住宅条件も悪かった。定年退職後は、収入が減り、もともと余裕がない生活にさらに追い討ちをかけた。

 退職後の高齢者たちは、倹約に努めるのと同時に、家事を引き受けたり孫の面倒を看たりと、家庭の支出をできるだけ少なくした。息子や娘たちは、争って自分の子どもの面倒を両親に看てもらおうとした。「家事に追われ、子どもや孫に振り回される」老後生活だったのだ。

 改革開放後、人々の生活は変化した。個人の収入が増えただけでなく、家電が急速に普及し、住宅条件も目に見えてよくなった。家庭の雰囲気がゆったりとし、老後生活はどんどん気楽になっていった。

 高齢者たちはエネルギッシュに、自分のやりたいことに目をむけるようになった。現役で働いている人たちは、生活を楽しみ、幸せな日々を送っている高齢者たちをうらやましく思っている。毎日、朝早くに家を出るが、出勤するわけではなく、体を鍛えたり朝市へ買い物に行ったりする。都市の公園には様々な高齢者が集う。散歩をする人、気功や太極拳をする人、ダンスやヤンコ踊りを踊る人、歌を歌う人、魚を釣る人、鳥かごをさげてぶらぶらする人、中国将棋をする人、おしゃべりに興じる人・・・。

四川省成都市の「人人楽」歌サークルにはたくさんの老人が参加し、みんな思う存分歌を歌い、豊かに感情表現をする

 高齢者たちは栄養や保健食品に関心があり、科学的で健康な生活に対する知識欲も高い。「緑色食品(安全・優良・健康によい食品)」「栄養配方(栄養バランス)」「滋補薬膳(滋養薬膳)」などは、彼らの生活でよく使われる言葉だ。

 また、時間に余裕があるので、旅行にも強い興味を持っている。観光地でもっとも多く見かける旅行者は、高齢者だ。近年は、海外旅行の団体の中にも高齢者たちの姿をよく見かけるようになった。数人の友人たちと、または夫婦でツアーに参加し、「視野を広げ、若い頃の夢を実現させる」ことが彼らの願いだ。

一生、学び続ける

スポンジ製の筆に水をつけて地面に文字を書く「水の書道」は、老人たちに大人気。体を鍛え、教養を身につけることができる

 退職したばかりの頃、とてもむなしくやり切れなかった劉さんは、勤務先の老人クラブの活動にしょっちゅう参加した。卓球をしたり、トランプで遊んだり、将棋を指したり、時には登山に参加したりした。こういった活動が職場を離れた寂しさを埋めてくれた。

 多くの企業・事業体や都市の社区(コミュニティー)には、定年退職者のために設立された高齢者活動センターがある。老人に適した様々な文化、スポーツ活動を計画する人がいて、定期的に健康相談を行い、書画、舞踊、声楽、料理、園芸、語学、コンピュータなど様々な短期講習会を開催する。これらの活動は、高齢者の知識欲に応え、老後生活を豊かにしている。

 劉さんは昔から書道が好きだったが、勤めていた頃は学ぶ時間がなかった。退職し、完全な老後生活に入ってから、徐々に書道を学びたいという気持ちが芽生えてきた。

 かつては「高齢者教育、生涯教育」の概念はあまり普及していなかったが、今では、劉さんのように勉強し続けたいと願う人が増えてきた。

 このような需要に応え、1983年に初の「高齢者大学」が誕生した。この新しい動きは盛んに発展し、2004年までに、中国では各種の高齢者大学・学校が2万6000カ所、学生が230万人に増えた。

 劉さん夫妻は「北京海淀老齢大学」に通っている。北京市初の高齢者大学で、知名度も高い。1984年の創建以来、クラス数は6クラスから63クラスに増え、学生も300人から1700人以上に増えた。修了生の総数は1万2000人に及ぶ。

 この学校は二年制。20人以上の専門講師を招き、学生たちの状況をみて、書道と絵画の基礎クラス、向上クラス、研究クラスを設立している。さらに、書画と関係がある金石の篆刻や表装、詩文、撮影、油絵などの短期専修クラスも開講している。学歴は関係なく、入学、受講クラスの選択、学習の継続はすべて自由に行える。

近所に住む人々が街角に集まり、トランプや将棋に興じる。北京の旧市街区の風物詩である

 劉さんは、すでに篆刻、詩文、行書の課程を修了した。もっとも興味深いのは、現在学んでいる草書だという。

 「修了生の80人が社会の芸術団体に勤め、200人以上が各高齢者大学に勤めたり、そこで教えたりしています。書画コンクールで賞を取る方も少なくありませんし、たくさんの作品が書画の作品集に収められていたり、公益事業に寄付されたりしています」と同校の初世俊・副学長は紹介する。

 老いてからも学ぶ場所があるということは、高齢者たちに青春時代のパワーと生活のエネルギーを奮い起こさせた。自分の専門技術や豊富な仕事経験に基づいて、再び社会に職を得る人もでてきた。病院では、すでに退職したベテラン医師が診察をしている。定年退職後の教師は民営学校で教鞭をとっている。企業や事業体は定年退職者を専門家や顧問として招いている。高齢者たちは、退職後も社会のため国家のためにできることはたくさんあると、努力によって証明したいと考えている。

大家族と小家族

海淀老齢大学の油絵専攻の学生が臨模(模写)を学んでいる

 高齢者大学のおかげで、劉さん夫妻は老後生活をエンジョイしている。しかし一つだけ大きな悩みがある。それは33歳の一人娘がまだ結婚していないことだ。これについては「どう考えているかわからないけど、あんまり聞くこともできない。しつこくすると怒るからね!」とどうしようもない様子だ。

 昔とは違い、現在の若者は仕事や生活のプレッシャーが大きい。プライバシーや家庭の理念は親の世代とは異なるのが当たり前だ。

 北京の地元紙『北京晨報』に次のようなニュースが載った。いくつかの公園では、早朝体を鍛える高齢者の中に、子どもの結婚相手を探すために集まっている人々がいる。お互いに子どもの情報を提供し、双方が気に入ったら連絡先を教えあう。子どもにふさわしい結婚相手を探そうとがんばっているのだ。なんて涙ぐましい親心であろう!

 劉さんは、娘の生活に干渉しないようにしている。「もう大人だ。彼女の生活スタイルは私たちとは違うから、好きにさせるよ」娘は別の場所に自分の家を購入し、ほとんど実家にいることはないという。

 このように、親子が分かれて生活をしている家庭は、都市では非常に多い。かつての「多子多福(子どもが多ければ福も多い)」「児孫繞膝(子どもや孫に囲まれる)」「四世同堂(四世代が一緒に住む)」といった幸福観念を実現させることは不可能に近い。若者が独立した生活を好むだけではなく、高齢者の考え方も変わったのである。

 退職前は小学校の校長だった張萍さんの孫は一歳になったばかりで、手がかかる頃である。彼女の夫も教育者だった。しかし二人は孫を自宅で預からず、お金を出して家政婦を雇い、自分たちはのんびりとした生活を楽しんでいる。「私たちは今までずっと忙しかったのです。退職後もまた高齢者大学に通い、社会活動もたくさんあります。家事に縛られたくはありません。それに私たちの育児観念はすでに過去のもの。孫の教育はやはり孫の両親がしなくては」

 物質生活のレベルが上がり、人々は豊かな精神生活を追い求めるようになった。高齢者も若者も独立した生活空間と自由を必要とし、伝統的な大家族構造と家庭観念は変わりつつあるのだ。

公園に集まる老人たちは、軽快にダンスをしたり、太極拳を練習したりと、友人を作って交流し、新しい老後生活を送っている

 しかし、高齢者たちは日ごとに老いていき、面倒を看てくれる人がますます必要となっている。中国の伝統的な大家族構造は反哺の孝であった。高齢者が子どもや孫を育て、その後、子どもが高齢者の面倒を看るのは、当然なことだった。

 現在は「空巣家庭(子どもがいない、または同居していない老人だけの世帯)」が現れ、その数は日ごとに増えている。「空巣家庭」は精神的寂しさ、心理的な疾患、日常生活の不便など様々な問題をもたらし、世間の注目を浴びている。

 1998年の春節の夕べで、『常回家看看(時々家に帰ろう)』という歌が多くの人の共鳴を呼んだ。「時間をみつけて、暇をみつけて、子どもを連れて、時々家に帰ろう・・・・・・」この歌はその後、広く歌われるようになった。これは現在の社会状況を表していると言えるだろう。

養老の新しい観念

青年医療ボランティアは社区で老人の健康を診断し、健康相談を行っている

 養老形式に影響を与えているのは、「空巣家庭」だけではない。中国は1970年代後半から計画出産政策を実施した。これも、養老問題に新しい挑戦を投げかけている。現在、一人っ子の第一世代が結婚・出産適齢期に入った。夫婦二人でそれぞれの両親の面倒を看なくてはならず、その負担は非常に大きい。伝統的な養老形式は、新しい家庭構造には適さない。

 現在、新しい形式を模索中だ。上海市では、低年齢の老人が高年齢の老人の面倒を看るという、初の試みにチャレンジしている。こうすれば、自分が面倒を看てもらう必要があるとき、世話をしてくれる人ができる。山東省では、個人の早期養老投資の方法を模索している。収入の一部を養老のために積み立てたり、養老保険や養老預金への参加を呼びかけている。

夕陽紅観光専用列車(中国では老人は「夕陽」になぞらえる。「夕陽はなお赤い」という名をつけ、老人の余熱をかきたてる専用列車)に乗った老人たちが、一週間の北京健康ツアーに出発する

 大・中都市では、高齢者の社会管理を積極的に推し進めており、社区の機能を高めることに努め、養老ネットワークを築いている。社区のサービスセンターを中心に、養老サービス施設(例えば託老所)やボランティアの助けを拠り所として、高齢者の生活に必要なサービスを提供している。援助を求める電話がサービスセンターに入ると、センターは適切なスタッフをその家に派遣する。高齢者たちは、このような在宅養老形式を歓迎している。

 また、一部の高齢者たちの養老院に対する考え方にも変化がみられる。かつては老人を養老院に預けることは、親不孝であるとみなされ、老人の面倒をみない者は、他人から白い目で見られた。しかし今では、退職金を使って自ら養老院に入り、子どもたちに迷惑をかけることを嫌う老人もいる。

 中国の現在の養老施設は、質と量のどちらにおいても、膨大な老人人口を明らかに支えきれていない。特に、条件やサービスがよく、価格も適当な養老院は、いつでも満室の状況である。

「老人優先」は公共の場所でよく見かける言葉。老人にやさしい環境作りは都市生活の美徳のひとつ

 高齢者の多くは、養老院を選ぶ時、医療条件が整っているかをもっとも重視する。後のことを心配する必要がないからだ。同じような歳の人たちが一緒にいることで、孤独感もやわらぐ。

 ある場所では、面白い現象が見られる。健康な高齢者も養老院に入るのだ。彼らはおおむね別の都市からやって来る。定年退職後、健康状態も経済条件もよいので、夫婦連れ添って生活環境を変えるためにやって来る。旅行と養老を兼ね、経済的で便利というわけだ。気ままに異なる土地での生活を楽しんでいる。養老院がリゾート地のようにもなっているのだ。



 ▽ 第5回全国人口全面調査によると、2000年、65歳以上の人口は総人口の6.96%を占める。国際的な指標では、65歳以上の人口が総人口の7%以上に達すると、高齢化社会と呼ばれる。中国はすでに高齢化社会の域に突入した。

 ▽ 過去10年来、中国の「空巣家庭」は増える一方。1993年は高齢者がいる家庭の中で「空巣家庭」が占める割合は16.7%だったが、2003年には25.8%に上昇。特に大都市では深刻だ。2003年、北京市の「空巣家庭」の割合は34%、上海市は34.8%、広州市は30%、天津市は36.5%。

 ▽ 独身か身近に成年した子どもがいない高齢者の総数は4000万人に達し、高齢者人口の30%を占め、絶え間なく増加している。2006年には高齢者家庭の半分以上が「空巣家庭」になると予測されている。

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