匂い立つ北京
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伝書鳩 時代の空の下で
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写真・文 林 望 |
北京には、李さんのようにアパートのベランダで伝書鳩を飼っている人が少なくない。北京市伝書鳩協会によると、会員は現在一万八千人以上。会員の職業や年齢はさまざまだが、「九九・九%が男性」。大半の人が、奥さんから「汚い」「うるさい」「お金がかかる」と、文句を言われているのだそうだ。李さんの場合、えさ代や薬代など、鳩のために費やすお金は毎月二百元前後。月給のおよそ四分の一にあたる。奥さんでなくても、小言の一つや二つ、ぶつけたくなる気持ちは分かるような気がする。 「元々は清朝の王侯貴族の道楽。だから、少し前まで『鳩を飼う男は遊び好きなろくでなし』という偏見があったよ」。李さんが初めて鳩を飼ったのは一九六〇年代の末、中学生の時だった。親しくしていた近所のおじさんがくれたもので、「あの時の興奮は忘れられない。当時、良い鳩は一羽七元、労働者の月給の五分の一くらいしたからね。到底子供の手に入るものではなかったのさ」。食糧は配給制でエサが買えないので、自分の窩(ウォー)頭(トウ)(トウモロコシ粉を円錐形に練って蒸したもの)を分け与えて育てたのだという。同級生に自慢したくて仕方なかったが、ぐっとその気持ちを押さえた。文化大革命が最も激しさを増していた時代。動物を飼うことは、「四(スー)旧(ジウ)」(搾取階級の旧思想、旧文化、旧風俗、旧習慣を指す)として批判されたからだ。「当時はみんな、周りの人にばれないように家の中でこっそり飼っていた」。鳩を外に放つこともできなかったわけだが、「人間だって自由のない時代。鳩に自由なんてあるもんかい」と、冗談交じりに話す。 時代の空気が緩むにつれ、ほかの愛好者と鳩を交換して繁殖させることができるようになり、現在、李さんの家の鳩も五十羽以上に増えた。群れになって飛んでいる時でも、李さんは一羽一羽全部見分けることができるという。伝書鳩の魅力を、李さんは「忠実さ」という一言で表現する。「鳩は外で何かに襲われて傷ついても、息が途絶える瞬間まで、主人のもとに戻ろうと努力するんだ。可愛くもなるさ」。長生きした鳩や優秀な鳩には名前をつけ、死んでしまったらきちんと埋葬してやるのだそうだ。 |