■特集 国宝たちが語る中華文明の精髄 |
武士像はこうして米国から帰ってきた |
節度使の墓を守る武士 |
中でも、墓の扉の上に彫られた2体の武士像は、特に優れているという。身長113センチの2体の武士は、鎧兜に身をかため、手に宝剣を握り、厳しい顔つきをしている。一体は足で臥牛を踏み、頭の後ろの鳳は珠をくわえている。もう一体は足でシフゾウを踏み、肩の上の青竜はとぐろを巻いている。この2体の武士は、唐朝の大将、秦瓊と尉遅恭だといわれている。 千年以上の時を経ても、この2体の武士の石刻像は、保存がよく、身体の上の彩色上絵や金色の飾りがはっきり見て取れたという。武士の身体や容貌、舞い上がる絹のリボンには、唐代の彫刻の技法が、また細かく描かれた甲冑や戦袍には宋代の石刻の風格が見られる。文物の専門家である孫機さんは、この2体の武士の石刻の芸術的特色が、唐と宋の間にあった五代の時期の特徴を反映しており、高い芸術的価値と研究価値を持っている、と考えている。 だが、残念なことに、厳しく墓を守っていた武士さえも、盗掘者を阻むことはできなかった。彼らさえも盗まれて、ひそかに海外に運び出されてしまったのである。 オークション寸前に押さえる 2000年春、中央工芸美術学院の袁運生教授は、ニューヨークのあるオークションに、一体の漢白玉の武士像のレリーフが出され、それが王處直の墓にあったものと非常によく似ていることを発見した。「それは王處直の墓から盗まれた文物ではないか」と疑った袁教授は、すぐに河北省文物局にこのことを告げた。 かつて王處直の墓の発掘作業に従事した専門家たちはただちに研究を始め、オークションにかけられようとしている文物が王處直の墓から盗まれた、頭の後ろに鳳のいる武士像である、と全員一致で認めた。 そこで2000年3月、国家文物局は米国の駐中国大使館に口上書を提出し、国際条約に基づいて鳳の武士のオークションを阻止するよう希望し、その返還を求めた。これに対し米国側は、中国側が必要な法的な文書と証拠を提出する必要があると表明した。このため中国側は王處直の墓の盗掘現場の実況見分記録と関係する墓葬の文物の状況などの物証を急いでニューヨークに送った。 中国側の提供した証拠を受け取ったニューヨーク地方裁判所は、オークションに出されたこの文物を差し押さえた。この時になって、オークションの依頼人であった香港のある美術商は、鳳の武士は彼の先祖から伝わった宝物だと言い出した。これに対し河北省の文物部門は有力な証拠を示して反駁した。計略が成功しなかった香港の美術商は、今度は鳳の武士と王處直の墓のその他の文物とは風格が異なるので、その墓のものではないというデタラメを言い出した。 ちょうどそのとき、米国の美術コレクター、R・H・エルスワースさんは、中国政府が王處直の墓から盗まれた武士像を追いかけていると知り、自ら進んで彼が数年前に購入した肩の上に竜のいる武士のレリーフを提示した。 これを対比して調べた結果、竜の武士の彫刻の手法や上絵、石材は鳳の武士のものと同じであり、王處直の墓から盗まれたレリーフであることが判明した。エルスワースさんはすぐに、竜の武士を無償で中国に寄付すると表明した。彼のこうした義挙によって香港の美術商は何も言えなくなり、鳳の武士も中国に返還するほかはなくなった。 このようにして、半年近い努力の結果、中国はついに「竜と鳳がそろってめでたし、めでたし」の大団円の結末を勝ち取ったのである。今回、日本で陳列されるのは、鳳の武士の方で、竜の武士は引き続き北京の中国国家博物館に収蔵されている。 (2007年1月号より)
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