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北京城の東南の角にある東便門明城壁遺跡(長さ1.5キロ)。明代の永楽17年(1419年)に建設が始まり、長さ40キロの城壁だったが、現在はわずかに残るのみ。北京を象徴する建築物
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今回は、北京を象徴する建築物について述べたい。
北京のシンボルといったら何だろうか。 紫禁城や天壇だろうか? 万里の長城や九竜壁だろうか?
天安門広場周辺の建築群だろうか? 京広センター、京城大厦、国際貿易センターといった三つの高層ビルだろうか?
現在、北京のシンボルといったら、天安門広場及び周囲の人民大会堂、天安門観覧台(式典に参列する場所)、中国国家博物館、毛主席記念堂から構成された建築群だろう。これは、1949年の新中国成立後、1950年代に形成された北京のイメージである。
それに対して、「老北京(旧北京)」の象徴やシンボルといったら、故宮建築群、天壇祈年殿、万里の長城あるいは九竜壁だろう。しかし、改革開放から20年、現代的で世界の先端をいくシンボルは、私が思うにまだ形作られていない、あるいは形作っている最中だろう。
新興集合住宅地では、亜運村(1990年北京アジア大会の選手村)や方荘、または1990年代にできた望京新城や蓮花池団地だろうか?
単独のビルでは、京広センター、京城大厦、国際貿易センター、または建築されたばかりの新恒基国際大厦、新世界センター、新東安市場だろうか?
あるいは東方広場、時代広場、北京現代城、CCTV(中国中央テレビ)の新社屋、北京オリンピックのメーンスタジアム、国家大劇院、計画中のCBD(中央ビジネス区)の中核地だろうか?
私たちはしょっちゅうテレビで、ニューヨークにある世界貿易センターの二つのビルを見ていた。あの400メートル以上の白い高層ビルと周囲に聳え立つビル群は、もう見ることができない。
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明・清朝の宮殿、故宮。北京へ来たら必ず訪れる場所で、やはり北京の象徴だ
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香港を写しだすシーンでは、中国系アメリカ人の中国人建築家・貝聿銘(イオ・ミン・ペイ)が設計した香港中銀大厦(中国銀行香港支店のビル)の天に聳える姿が見られる。上海のシーンでは、必ず真っ先に浦東開発区の東方明珠テレビタワーや外灘(バンド)、浦東開発区の陸家嘴中央ビジネス区があげられる。シンボルとはその都市に入る鍵であり、都市を象徴するポイントであり、都市の顔である。
北京は古い町である。ゆえにそのシンボルも歴史にしたがって変化している。城壁もこの都市のシンボルだったと言えるかもしれない。遡って考えると、元代(1271〜1368年)の大都(当時の北京の呼称)の旧跡もそうだったのではないだろうか。私はかつて、何度も大都の旧跡附近を散策してみたが、今ではすっかり衰頽してしまっている。
新中国成立後、毛沢東が古い城壁の取り壊しを命じた。今になってみると、これは非常に惜しいことだ。現在はいくつかの城門が残るのみとなってしまった。多くの人々は、解放初期の著名な建築学者・梁思成の「旧市街地を完全に保存し、西に5キロ離れた場所に新市街地をつくる」という構想を偲んでいる。しかし、この構想はまったくの空中楼閣だったと言う専門家もいる。当時の城壁はすでに傷だらけで、続く戦火と長い歳月に浸食され、ほとんど崩れ落ちていた。
新中国が成立したばかりの頃は、新市街地を建設する財力がなく、旧市街地をベースとして修繕するしかなかった。旧市街地には野外の肥だめとゴミ場が千カ所余りあった。雨が降ると、多くの場所がぬかるみ、蝿などが飛び回り、ゴミが一面に流れ出た。そこで、城壁を取り壊すことによって都市を拡張し、大国の首都としての新しい風貌を顕示した。
数十年前、もし本当に古城をそのまま残していたら、旧市街地は乱脈を極めていたに違いない。壊れ果てた薄暗い狭い場所で、水道、電気、ガスの施設もない。「老胡同(古い横町)」に住む数百万人の住民は、苦しくて耐えられないだろう。
建築家たちは古都の風貌を残せるよう、苦心している。しかし、「老胡同」の居住者たちと話してみると、彼らがもっとも望んでいることは取り壊しなのだ。取り壊し続けたあげく、「老北京」――地球上の偉大な都市は、ほとんど跡形もなく消え去ってしまった。
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市の中心に位置する東長安街の東方広場。オフィス面積は30万平方メートルで「北京のビジネス空母」と称される。北京を象徴する現代的な建築群
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1990年代初め、「古都の風貌を取り戻そう」と、北京にたくさんの「大屋頂(中国風の急勾配の屋根)」の建築物を造った。今見ると、ほとんど失敗である。まるで西洋式の服を着ながら、「瓜皮帽(中国式の半球型の帽子)」をかぶった怪物のようだ。こうしてみると、大切なものをしっかり保護することこそ、当面の急務だろう。
とは言うものの、堂々たる大国・中国の首都として、新しい時代の中でオリンピックを開催するので、新しいシンボルが必ず生まれるだろう。それは、世界のレベルに見合った現代的な建築物であるはずだ。(2005年2月号より)
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