太公望の魚釣り
商の時代(前17世紀〜前11世紀)末期、隠遁生活を送っていた姜子牙(太公望)は、毎日のように渭水(陝西省中部、黄河最大の支流)の流れに釣り糸を垂れ、賢明な君主にその才がみとめられ、重用される日を待っていた。
ある日、ある木こりがそこを通りかかり、姜子牙の姿に大笑いした。というのも、姜子牙の魚釣りは、エサがなく、まっすぐな釣り針で、しかもそれが水面から3尺(約1メートル)も離れていたのだ。姜子牙は言った。「私の釣りは魚ではなく、すぐれた天子にその意味がある。自ら好んで、この釣り針にかかるのだ」。中国の成語に「姜太公釣魚、願者上鈎」(姜太公に釣られるものは、自ら進んでかかったものだ)とあるが、それはこの故事からきている。その後、周の文王が商を攻める際、人材が必要になり、渭水のほとりで古希を迎えた姜子牙を見つけだした。そして、姜子牙のすぐれた補佐によって、文王の子・周の武王は商を倒し、周の国をおこしたのである。
(2005年6月号より)
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