◆あらすじ
南京の新聞記者古国歌のもとに楊紅旗という男が現れ、強姦されかけた女性を助けたから新聞で取り上げてくれと言う。だが、古が被害者とされる女子大生の欧陽花を訪ねると事実無根だと否定される。第三者の証言が得られなければ新聞には載せられないとする古だったが、しつこく表彰を求める楊個人に興味をひかれ、彼の家を訪ねてみると、そこには寝たきりの年老いた父親がいた。貧しい暮らしぶりの家の壁には父親が受賞した表彰状が隙間なく貼られ、村から出る生活保護の給付金もすべて就学困難な児童に寄付しているという。癌に冒された父親の最後の望みは死ぬまでに一度でいいから息子が表彰されることだった。そして、古の上司である編集長はかつて楊の父親を取材したカメラマンであったことも判明する。
やがて事態は意外な進展を迎える。楊の父親が亡くなり、連続強姦魔が逮捕され、犯人が自白して、楊の主張が事実であることが分かったのだ。欧陽花の気持ちを考え、なお記事にすることをためらう古に代わり、楊の父の死に心を動かされた編集長が楊のことを記事にする。警察の取調べを受け、ようやく強姦未遂が事実だったことを認めた欧陽花は、たかが表彰という虚栄心のために個人の自尊心が犠牲にされてもいいのかと古を激しく責める。記者としての使命感と倫理観が揺らいだ古は警察官の恋人とも上手くいかなくなり、人生をやり直すために北京に出るが、そこで死んだはずの父親と北京観光をしている楊を見かける。
◆解説
何が善で何が善でないのか。人間の倫理観と道徳心の揺れを描いて、見終わった後に深く考えさせられる映画である。最近の中国映画ではこういう作品は珍しい。監督は一貫して中国社会とそこに生きる人々の姿を鋭い視点で描いてきた黄建新。ここ数年は中国の知識人の精神的空洞を描き続けている。監督の作品に数多く出演している王志文の「製作費ばかりが膨らんだ空虚な作品を撮る監督が増え続けるなか、黄監督のような真摯な姿勢を崩さない監督は貴重」という言葉に同感。
実は去年、中国でこの作品が公開された時はネット上で大きな議論を呼んだという。どんな手段を講じてでも、表彰を求めた楊父子を支持するのか、自分の尊厳を守るためには、助けてもらったことにも知らんぷりをして、逆に相手をウソつき呼ばわりする女子大生に同情するのか。自分が古記者の立場だったら、どうするだろうか。なかなか答えの出ない問題ではある。
◆見どころ
王志文の古記者も適役だが、何と言っても楊紅旗役の范偉がいい。春節晩会ではなくてはならない存在となった趙本山とのコンビのコントが大人気のコメディアンだが、映画出演でも進境著しく、去年の埼玉中国映画祭で上映された『春行きの地下鉄』『胡同愛歌』、そして今作と、どの作品でも重要な役を演じて実に存在感がある。
黄建新監督の『張り込み』で高校生の時にスクリーンデヴューした女子大生役の陳好も軽いテレビドラマでの役柄とは違って複雑な役どころを見事にこなしている。そのほかにも黄建新作品の常連の芸達者たちが脇を固めていたり、同僚の新聞記者役の廖凡や女性警察官役の苗圃など、最近めきめきと売り出し中の若手俳優たちの演技も的確で、中国第一線の俳優の確かな演技力を楽しめるのも黄作品の醍醐味である。
実は最初、舞台の街がどこだか分からず、城壁や雨花台が出てきてようやく南京だと分かった。20年前に訪れたきりの埃っぽい印象の南京の街が実に美しく変貌していて、全然気づかなかったのである。中国は確かに大きく変わりつつある。(2006年9月号より)
水野衛子 (みずのえいこ)
中国映画字幕翻訳業。1958年東京生まれ。慶応義塾大学文学部文学科中国文学専攻卒。字幕翻訳以外に『中国大女優恋の自白録』(文藝春秋社刊)、『中華電影的中国語』『中華電影的北京語』(いずれもキネマ旬報社刊)などの翻訳・著書がある。
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