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『激流の中を前進』
220×332センチ 油彩 1963年
中国美術館蔵
写真提供・中国油絵学会
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「文学・芸術は労働者、農民、兵士に奉仕する」というスローガンのもと、1950〜60年代にかけて、英雄主義表現の作品が主流となった。延安解放区から受け継がれてきた現実主義表現の伝統と、ソ連の文芸思想が結合し、この時代の作品の模範となり、革命の歴史、革命戦争、英雄主義をテーマにした作品が多く発表された。
これらの作品は、題材のスケールが壮大で、物語性と劇的プロットを重視し、ロマン主義的な想像と処理の技法も多く用いられた。同時に、テーマ、人物処理の概念化や雷同、それに芸術言語の単一的傾向が避けられなかった。
そんな時代ではあったが、優秀な作品も数多く発表され、独自の視点を持つ芸術家も現れた。
杜健は、1933年上海に生まれた。54年、中央美術学院を卒業後、同学院附属中学にて教鞭をとった。60年、同学院の油絵専攻の研究生として学び、63年から画家の董希文作業室で教えた。「文化大革命」中には五・七幹部学校にて農業労働に従事した。74年に中央美術学院に戻り、学生たちを引率して陝西省戸県に行き、実生活の中で農民画家に学んだ。
76年、四人組が失脚したあと、油絵『消えない記憶』を創作し、天安門前で発生した四人組に反対する歴史的活動の場面を反映した。
79年、再び中央美術学院附属中学にて教師となり、85年には、華北軍民の抗日戦争の歴史を表現した油絵『太行山にて』を創作した。87年、中央美術学院の教壇に戻り、のちに副院長を担当、いまは油絵学部の教授を務める。
ここ数年は、幾度となく西部へと足を運び、油絵『乾燥した土地』『コヨウ林』『砂漠の道を行く』など、自然と大衆の生活を反映した作品をたくさん描いている。
今回紹介した『激流の中を前進』は、研究生時代の卒業作品である。この作品を描くために、彼は山西省禹門口、宋家川などの黄河流域の渡し場を訪れ、船夫たちの生活を体験し、創作のための素材を集めた。簡潔な芸術言語、力強いタッチ、荘重な色彩で、船夫たちが力を合わせて黄河の荒波と闘う様子が表現されている。激しい川の流れと落ち着いた人物の対比、それに木の葉のように見える黄河の渡し舟と大きな川の流れの対比は、水流の誇張表現を通して、人間の能力や精神力のすばらしさを際立たせている。
この作品は、「文化大革命」中にはでっち上げの汚名を着せられ、処分されてしまったが、91年末に再び創作され、現在中国美術館に所蔵されている。(2002年4月号より)
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