民間の文化遺産を訪ねて 魯忠民=文・写真
 
 
 

河北省・蔚県の剪紙
ブランド化はかる暮らしの芸術
刻んだ後の作品
 
 
 
 
河北省・蔚県の剪紙(切り紙)は、日本の読者にも知る人がいるだろう。中国各地の民間剪紙と比べると、古くはないが、蔚県のものにも200年の歴史がある。それは独特なまでの装飾効果、大量に複製のできる製作技術、さらに庶民の暮らしと深い関わりをもつという特徴から一気に広がり、専門的な職人のグループが当地に形成されてきたのである――。

春節を迎えるため、窓の剪紙を新しいものに貼りかえる
 
窓の格子と剪紙がよく調和している
 
城楼内で、窓用の剪紙を「亮子」に貼りつけ、展示販売していた

 中国各地にある剪紙は、そのほとんどがハサミでつくられているが、蔚県の剪紙はナイフで刻まれたものであり、じつに緻密にできている。たとえば、しばいの隈取をかたどった剪紙の場合、ひげの部分は70本以上にも刻まれるそうだ。蔚県剪紙は、河北省武強県の「木版水印窓花」(中国伝統の木版印刷による窓に貼る剪紙)、天津市楊柳青の「木版年画」、それに蔚県の刺繍デザインなど伝統的な民芸の特徴をとりいれて、しだいに自らの芸術風格をつくり上げてきた。それは「陰刻を主として陽刻を補う」という刻みかたであり、なおかつ筆を使って色彩を点描するもの。豊かな構図、生き生きとした造型、鮮やかな色彩、豊かな郷土色を備えた剪紙である。

名産地・蔚県の古城

「剪紙の郷」南張村にある、とりで式の古い城門

 蔚県は北京の真西、河北省の西部に位置する。自動車に乗って、北京市北部の万里の長城・八達嶺から、さらに西へ200キロほど走ると、そこが有名な「剪紙の郷」の蔚県である。県城(県庁所在地)には、今でも古城の堀、城門、城楼、孔子廟、関羽廟、旧県庁、玉皇閣などの古跡が残っている。新しく塗りかえられた古建築の鐘鼓楼には、巨大な剪紙作品をプリントした垂れ幕が掛けられていた。「ここの名産は剪紙です」ということを、アピールするかのようである。

 人の往来でにぎやかな市を歩くと、いくつかの剪紙の露店が目に入った。風に飛ばされないように、110種ほどの剪紙がガラスで押さえられている。店主の話では、かつて蔚県の剪紙は窓に貼られることが多かったので、「窓花」とも呼ばれる。また、ここの露店は以前、窓の格子のような枠(「亮子」という)に剪紙のサンプルをいっぱいに貼って、販売していた。光を通してみると、剪紙の美しさがいっそう引き出されるからだ。しかし「最近は風が強いので、『亮子』を露店に並べていない」ということである。

蔚県古城の中心部にある鐘鼓楼

 そういえば以前、美術学院のある教授が、話してくれたことを思い出す。1980年代のころ、教授が蔚県を訪ねたときに、通りの両側には「亮子」がずらりと並んでいた。百を数える勢いで「あれは世界でも、またとないものだ」と、教授はしきりに感嘆していた。

 その昔、蔚県や周辺地区の人々は、新年を迎えるときに「窓花剪紙」を貼りかえるという習慣があった。しかし今では、新しい住宅建築がますます増えて、新しいビルやアルミ合金の門(戸や扉)や窓、茶色のガラスなどが、伝統的な木製窓枠の民家に取って代わった。新年に窓花を貼る習慣はしだいになくなり、今では剪紙を売る対象が、ふつうの人たちから民芸マニアの文化人、海外華僑、外国人へと変わっている。窓を装飾していた安い剪紙も、表装や包装に凝りだして、今では高価なプレゼントになっているという。

「剪紙の郷」南張村

 県城から4キロほど離れた南張村は、有名な「剪紙の郷」だ。剪紙の歴史は、200年以上にもなる。周辺村落と同じように、もとは土の城壁で囲まれており、人々がとりで式の城門から出入りをしていたが、今ではわずかな城壁の一部と、とりで式の城門1つが残るだけだ。

剪紙用のナイフ

 この村には、古い「四合院」(庭を囲み、四方に建物を配した伝統家屋)が一部残されている。旧家に入ると、昔の古いオンドルや剪紙が貼られたままの格子窓が目に入った。蔚県特有の彩色剪紙で、光を通してみると、ことのほか美しかった。

 1970、80年代の南張村は、人口わずか300人あまりだったが、今では約1600人に増えている。大半が、ここ数年の間に移住してきた人たちだ。村は拡張されたが、耕地が少なくなったため、農業を「本業」に、剪紙を「副業」としていた経営システムが、今や剪紙が「本業」に、農業が「副業」に変わっている。

 ここの大半の家では、剪紙の製作にかかわる仕事をしている。百人あまりの人々が剪紙生産をなりわいとしており、正式な剪紙工房が8、9軒ある。その製品は、中国のみならず世界各国で売られている。経営者たちは次々と通りに面した場所で大規模な工事を行い、新しいビルや展示ホールを築いている。今ではここは、製作と展示販売を一体にした「剪紙通り」となっている。

周兆明さんの技

有名な剪紙職人・周兆明さんの家内工房

 有名な剪紙職人・周兆明さんの家を訪ねた。中庭が典型的な家庭工房となっている。通りに面した南向きの3部屋が切り紙を製作するところで、明かり取りの窓がいくつか開けられていた。十数人の職人がいて、剪紙を切り刻んだり、染色したりと、忙しそうに働いている。職人のほとんどが周さんの親戚であり、工房の日常業務は、息子の嫁が管理していた。

 母屋が5部屋あり、そのうちの3部屋が客間であった。それは最後の製作プロセスとなる剪紙の表装をするところであり、商いの交渉をする応接間でもあるという。周囲の壁には、周さんの剪紙作品が飾られていて、テーブルには、この数十年間に獲得したというトロフィーや賞状が置かれていた。母屋の両側にある部屋は、それぞれ周さんのアトリエと夫妻の寝室であった。

一家総出で、出荷の準備をする

 周兆明さんは1935年生まれ。父親の周賜さんは、小さいころから剪紙をつくっていたという。当時、剪紙の製作をしていたのは村全体でも3世帯のみ。周賜さんと同時代の剪紙職人には、周瑶さんとその弟子で「蔚県剪紙大師」として有名になった王老賞さん(1889〜1951年)がいた。

 王老賞さんは、蔚県剪紙の最高レベルをほこる人であった。何年も費やして、240あまりの芝居に登場する1800人以上の人物をデザインし、切り刻み、創作を加えていった。その登場人物たちは生き生きとして、個性がハッキリと表れ、造型が美しかった。それは、蔚県剪紙の風格を形づくり、発展させるのに大きな影響をおよぼしたのである。

 周兆明さんは、8、9歳のころから父親について剪紙を学んだ。1954年には、数人の村人とともに剪紙グループを立ち上げた。北京の繁華街・王府井にある「工芸美術服務部」の依頼で剪紙タイプのしおりをつくり、それを日本に輸出した。その後は、相前後して剪紙合作社や剪紙工房を設け、対外貿易部門のために輸出用の剪紙――隈取、花、鳥、魚、虫などの作品をつくっていった。

王老賞さんの戯曲剪紙「諸葛孔明」

 「文化大革命」(1966〜76年)のころは、剪紙も批判の対象となった。今でも悔やまれるのは、紅衛兵が財産の没収に来たときに見つかったら大変と、多くの剪紙資料をこっそり焼いてしまったことである。1978年、中国の改革・開放がスタート。周さんは、その3年後には剪紙製作を再開し、蔚県工芸美術工場の責任者を3年ほど務めてから、89年には自らの剪紙工房を興したのである。

 ここ数年、剪紙工房は増加の一途をたどっているが、一部の問題も発生している。市場の争奪戦のため、質の落ちる剪紙をつくる工房が出てきたのである。しかし、周さんが自分の信念をまげることはない。「蔚県剪紙は芸術品として、いささかも質を落としてはなりません。質は向上させていくべきで、そうしてこそ蔚県剪紙というブランドが永遠に生きのびられる」と語っている。

年賀状や画集にも

民俗学者の田永祥さんは、民間の芸術遺産を保護するために、蔚県剪紙の収集・整理に力を注ぐ

 周さんと剪紙研究家の田さんの家で、たくさんの美しい蔚県剪紙を見学した。剪紙作品の題材は広く、寓意と生活の息吹きに満ちている。吉祥や幸せを願う象徴的なデザインもあれば、歴史物語や民間伝説、人物もある。北方特有の文化背景や民俗風情を再現したものにしても、新年や祝祭日、結婚や誕生祝いのものにしても、いずれも民間職人の豊かな知恵と想像力が表れている。デザインの絶妙な間のとりかた、緻密な刻みかた、鮮やかな色の染めかたで、作品はじつに生き生きとして、味わいがあり、鑑賞に値するものとなっている。

 市場の需要に応じるために、現在の蔚県剪紙は「上中下」というランクがそろい、年賀状やカレンダー、画集などさまざまなタイプがある。コレクションやプレゼントに、ふさわしいものとなっている。

 民間文化遺産の保護者は、蔚県剪紙がここならではの特色を保ってほしいと願っている。いっぽうの生産者たちは、自らの剪紙がより多くの人に喜ばれ、より多く儲けたいと願っている。いずれにしても蔚県の人々は、剪紙芸術の保護と発展をさまざまに考えている。(2005年10月号より)

 
 
 
 

蔚県剪紙の基本プロセス

A まず、紙を釘で固定する――湿らせた宣紙50〜80枚を重ね合わせ、さらに水をかけてしっかり押さえ、板のようになるまで半乾きにしておく
B 図案をつくる。新しい蔚県剪紙のデザイナーで「民間美術大師」の任玉徳さん
C サンプルをあぶる。伝統的なサンプル複製方法は、サンプルを白紙の上に置いて水で湿らせ、ランプやろうそくの煙であぶり、白紙にサンプルの図案をつける、というもの
D 切り刻む。鋼線を焼き入れてつくったナイフで、紙板を垂直に刻む。一寸の誤りも許されない
E 色を付ける。刻んだ紙板を5、6枚ずつに分け、アルコールで透明度のある色を調節して、色付けをする
F 剪紙を一枚ずつはがし、それぞれを表装する


 
 
 

 
本社:中国北京西城区車公荘大街3号
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