【上海スクランブル】


癒しを求めてアンティーク
                             須藤美華

 上海アンティークというと、つい数年前までは雑貨や小物などの骨董市のイメージが強かったが、最近は中国家具を扱ったショップにも人気が集まっている。上海市中心部から南西にクルマで40分ほど走ると、アンティーク・ショップが十数軒立ち並ぶアンティーク・ストリートの呉中路にたどりつく。

 台湾出身の姉妹が経営する「Hu&Hu Antiques」(上海市呉中路1685号 TEL 021―6405―1212)は元々が工場だっただけにスペースが広く、余裕を持ってセンスよく家具が配置されている。朱色が効いた婚礼箪笥や、背もたれの曲線が美しい椅子、扉に書が彫られた書斎用の棚、極彩色のチベットスタイルのキャビネット、折り畳み式の洗面台など逸品ぞろいで、いざ買う段になったら目移りして困りそうだ。

縁起物をあしらった彫刻やデザイン

骨董家具店「Hu & Hu Antiques」
縁起のいい魚の飾り

 中国家具の黄金時代は、明朝後期から清朝期と言われる。この頃から貿易が本格化し良質の木材が豊富に輸入されるようになって、美しい家具への需要が高まったことも背景にあるようだ。現在、ショップに並ぶ品は清朝末期から民国時代にかけての、百数十年から70年ほど前のものが主で、人々が日常的に使っていた家具が並ぶ。

 チャイニーズ・アンティークの魅力は、シンプルでいて風格があり、素朴でありながら凛とした美しさを備えていることではないかと思うが、それにも増して私が強く惹かれたのが、縁起物をあしらった精緻な彫刻やデザインだ。

薬棚には105種類の漢方薬が収まる
 
 

 彫刻やデザインには、魚が数多く登場する。婚礼箪笥の真ちゅうの取手が魚だったり、折り畳み式洗面台の飾りが魚の彫刻だったり、という具合だ。「魚」が「余」と同音であるため「裕福」の意味があるとされるからだ。

 お店の人によれば、箪笥に蝶が彫られているのも同様で、「裕福」や「愛情」といった意を含むことから来ている。中国では数が偶数であることが喜ばれるので、対であることはすなわち、目出度いことになる。だからこういったデザインや飾りも、左右対称に配置されている。小さなパーツの中にも、そんな人々の願いが込められていて、アンティーク家具の中に、当時の人々の生活様式や精神を垣間見ることができる。

 生活様式が色濃く出ているという意味では、薬棚もいい例。全部で引き出しは35、一つの引き出しにそれぞれ三つの仕切りがあって、収まる漢方薬は105種類。これで一般の家庭用だというのだから、当時の人々の健康への意識の高さがうかがえる。

 しかし、私たちが製作当時の人々の生活に思いを馳せることができるのも、専門の職人たちによる愛情と手間をかけた修復作業のおかげだ。内陸部の農村から買い付けられて来る家具は、激動の歴史と時間にさらされ、原型を止めないものも多い。キャビネットなど大物になると、補修に10日はかかるという。

薬棚のレプリカのCDボックス

美しい朱色の婚礼箪笥

 丁寧な手仕事によって家具は息を吹き返していくが、上海のアンティーク・ショップでは補修だけでなく、色を塗り替えたり、棚板を増やしたりといった注文にも気軽に対応してくれる店が多い。また、古木を使ったレプリカやオリジナルデザインの家具の注文も可能で、例えば、虹梅路の「上海小小芸術家具有限公司」(上海市延安西路2928号 TEL 021―6261―9600)が売る、薬棚を模したオリジナルCDケースは、在住外国人の間で隠れたヒット商品になっている。

 アンティーク・ショップの客の多くは外国人だが、最近は若い世代の中国人客も増えているという。ノンストップで変貌し続ける上海は、人々を前へ前へと駆り立てる。激しい競争社会に生きる彼らも、時には立ち止まりたくなり、古き良き時代に癒しを求め始めたのだろうか。 (2002年10月号より)