18時、静かに列車が動き出した。各車両前でにこやかに乗客の切符を点検していた鉄道員たちも姿勢を正し、ホームから列車を見送ってくれている。「行ってきます♪」。小さな女の子のような気分になって手を振ると、鉄道員たちも一拍おいて、照れながら手を振ってくれた。
上海発北京行きの「T14次」が、レールをすべり出す。中国旅行は三度目という友人が、「中国の秋」を満喫したいとハッピーマンデーの三連休に休暇を追加、上海に遊びに来てくれた。北京へは、飛行機ではなく、鉄路で移動してみたい。彼女のリクエストに応えて、「火車旅行」(列車旅行)を楽しむことにした。
私が北京―上海間を列車で最後に移動したのは、5年前。その頃の乗車時間は、確か17時間だった。今はいくらか短縮されて、14時間。翌朝八時には北京に着く。
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高級寝台2人1室1800元 |
長距離列車には椅子席と寝台席があり、それぞれシートやベッドの硬さで「硬座」と「軟座」、「硬臥」と「軟臥」に分かれ、四種類のチケットがある。「硬臥」は三段ベッドが車両にずらり並び、「軟臥」は四人一室(二段ベッド)のコンパートメントだ。ゆっくり寛ぎたいなら「軟臥」がいいし、袖すり合うも多生の縁、わいわい楽しみたいなら「硬臥」がおすすめだ。私は鉄路での移動の場合は、もっぱら「硬臥」派だった。仕切りのない「硬臥」はさながら、井戸端会議状態。中国各地の人たちとの触れ合いは、長い時間をつぶすにはもってこい。中国語の練習になるだけでなく、中国の人々や社会を理解する「動く教室」でもあった。
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ひんぱんに飲料・食料のワゴン車が通る |
旅は道連れ、目があった瞬間から話は弾む。お茶をすすりながら、互いの職業や目的地をたずねあう。打ち解けてくると、自分の持参した食べ物や飲み物のお裾分けも始まる。
数年前、シルクロードを旅しようと上海から3泊4日の寝台列車に乗ったことがあった。私はリプトンのティーバッグをホウロウのコップで飲んでいた。
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右手はバーカウンター、奥が食堂車 |
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清潔な食堂車、早朝は人も少なく狙い目 |
「あんたが飲んでいるのは、何だね」
お向かいのベッドの50年配の男性から声がかかった。
「イギリスの紅茶よ」と言うと、「紅茶は中国に限るよ!」と即座に答えが返ってきた。無知な私は「ええー、ウソでしょ」と内心思いながらも、勧められるままに彼の紅茶のお相伴に預かることになった。おいしさが口中にふわっと広がった。
旅が終わって上海に戻り、本を繰ってみると、紅茶のルーツはなんと中国だった。男性の話を単なるお国自慢と思い込んだ自分の無知に赤面した。
また、ある時は旅先でお金を使い過ぎてしまい、車中の食事を1日30元(1元は約15円)で賄わなければならない羽目になった。毎食パンをかじる私に、見かねた向かいのオバサンが持参のゆで卵やカップ麺などを大きな鞄から差し出してくれたこともあった。
「それじゃ、体をこわすわよ。さぁ、食べなさい」
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手前はルームカードキー |
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高級寝台には、トイレ・洗面台がついている |
どうせなら友人にも、中国の人たちとの温かい触れ合いを体験してもらいたかった。しかし、「硬臥」はすでに売り切れ。長く長距離列車の旅をしていなかった私は、以前は3日前からしか購入できなかったチケットも今は一週間も前から買えることを知らなかったのだ。「硬臥」が無理なら、仕方ない。思い切って、最近できたばかりの二人一室の高級寝台席に乗ることにした。料金は「硬臥」の三倍弱で、「軟臥」の約二倍。一室二人で約1800元だから、エアチケットとさして変わらない。部屋は狭いが、さすが高級寝台、部屋にはトイレと洗面台が付き、一人がけのソファーもある。電灯は三段階調節で、「硬臥」のように消灯時間はない。車掌さんや売り子さんも顔で選んだのではないかしらと思うくらい美男美女ばかり、応対も丁寧だ。
快適な空間のなかで、旧友と積もる話に花が咲き、夜は更けていった。人情味あふれる世界を見せてあげることはできなかったが、以前見た中国との違いは歴然としていて、彼女にとって中国の移り変わりの速さを肌で感じる旅になった。
(2002年12月号より)
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