現代の中国語は母のことを「娘」と呼ぶと知ったら、日本人は驚くだろうが、中国人も日本語の「娘」の意味を教えられたら、やはりふしぎに思うに違いない。
実は、「娘」という漢字の最初の意味は、むしろ今日の日本語のそれに近かった。『広韻』(北宋の時代、1008年に刊行された発音辞典)によると、「娘」という字は少女のしるしだった。古代には少女と若妻を「小娘子」と称し、男性は自分の配偶者のことを「娘子」と言って、これは古書などによく見られた。女性の名前に「娘」の字をつけるのも、その若く美しいというイメージを取ってのことだ。例えば杜韋娘、杜十娘、宦娘、眉娘など。唐の女帝武則天も若いころは武媚娘といった。
古書には「母を娘と称す」という説明ももちろん見られるが、その出現はわりと遅い。また、どこか重さを欠くようなきらいがあって、元代の陶宗儀が書いた随筆『輟耕録』にも、「娘」はもともと婦人に対する尊称ではなく、娼妓を「花娘」と呼び、南方では、品行方正ではない女を「夫娘」と呼んだ、とある。
母という意味の「媽媽」はもともと方言で、今日では広く使われるようになったが、北方の農村とくに山東省、山西省、陝西省などでは現在も母を「娘」と呼ぶのが普通だ。若い女を「娘」を呼んでいる日本人の方が古い中国語の語義を受け続いでいるわけだ。
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