北京好日
 

アウトドア・スポーツの波がきた

                     王海燕

 土曜日の朝まだき、北京の北三環路・馬甸橋の西南角にある「三夫アウトドア・スポーツクラブ」の入り口は、次第にぎわってくる。大きなリュックサックを背負い、アウトドアのファッションに身を包んだ人たちが、三々五々、ここに集まってくるのだ。しばらくすると彼らは、いっしょに車に乗り、北京郊外の珍珠湖へ向かった。

身体能力と忍耐力
がためされるロッ
ク・クライミング

 「リンゴ」と呼ばれる若い娘は、ある設計事務所の会計をしている。勤めてから二、三年になる。彼女は今回初めて、こうした活動に参加した。

 以前から彼女は、野外に飛び出して大自然の中に行ってみたいと何度も思っていた。だが、適当なパートナーを捜し出すのはなかなか難しかった。昨日、彼女は友達の紹介で、このクラブにやって来た。そこで、親切で朗らかな青年たちに出会った。

 近ごろの若い人たちは、互いにネット上のウェブ・ネームで呼び合う。まん丸い顔をした彼女がやって来たのを見つけた彼らは、「リンゴ」と優しく声をかけた。その声で彼女は、複雑なこともなく、楽しかった大学時代にいっぺんに引き戻された。

 「リンゴ」は、珍珠湖畔でキャンプするためのテントと寝袋などのアウトドア用品をクラブから借りた。それらをきちんと整理して、大きなリュックサックに詰めて背負った。

 1995年5月1日から、中国は週休二日制を実施した。2000年からは「五一」(メーデー)、「国慶節」(10月1日)、「春節」(旧正月)が連続七日間の休暇となった。生活水準が日ましに上がり、時間の余裕ができたため、人々は期せずして旅行に行きたいと思い始めた。

 だが、団体旅行の制約や約束事が好きでないという人もいる。90年代の後半、こうした需要にこたえるアウトドアの活動や、大自然の中での生活を楽しむクラブがたくさん出現した。アウトドア用品の専門店も街に現れ、アウトドア志向の人たちには大変便利になった。

 こうした炊事用のア
 ウトドア用品は、そ
 の便利さと美しさか
 ら、若い人たちには
 歓迎されている(写
 真・楊振生)

 「三夫クラブ」の責任者によると、このクラブは、参加者の特徴や好みに応じて、登山、ロック・クライミング、キャンプ、遠足、ラフティング(激流下り)、ボート、サイクリング、スキーなどの種目に分け、それぞれに異なる等級や難度の活動項目を設定している。

 こうしたクラブは、大自然を愛する人とアウトドア関連の各種の運動との間を結ぶ架け橋となった。近年のインターネットの発展も、こうした人々に、簡便な方法をもたらした。アウトドア活動の各種の技能を持っていて、豊富な経験を蓄積している人、かなり劣悪な自然環境にも平然と適応でき、独立して活動する能力のある人……こうした人たちがいつもネット上で「同類」を呼び集め、さらに広い範囲から意気投合するパートナーを探し出すことができるのだ。

 IT産業では働いている「小P」に言わせれば、珍珠湖に行くような活動は、ちょっとした息抜きに過ぎない。彼女はもっと新鮮で、もっと危険な所へ行きたくて仕方がない。去年の「五一」の休暇期間に、彼女はチベットへ行きたいと思った。そこで早速、ネットでパートナーを捜した。まず、ネット上に「広告」を出し、自分の計画、日程、必要な個人的資質や条件を書いた。するとたちまち他の省や市の七、八人から反応があったという。

クラブでは、アウトドア用品の販売や貸し出しも行っている(写真・楊振生)。

 レイアウトの仕事をしている聶さんは、最近のアウトドア・スポーツの流行をみて、深い感慨を催している。彼は七〇年代から友達といっしょに山野を歩いてきた。しかし、当時、普通の中国人の収入は低く、家族を養うのが精いっぱいで、余裕はまったくなかった。

 当時、彼が使っていたアウトドア用品はみな日常生活で使うものだった。中には廃物利用もあった。捨てられていた軍用の落下傘は、キャンプ用のテントに改造され、彼らと十数年、行動を共にした。

 聶さんはこう言う。「しかし、条件は違っても、アウトドア活動から享受するものや体験は同じだ。今日のように物質的な生活条件がこんなに良くなっても、人間の大自然へのあこがれはますます強くなっているのだ」と。(2002年2月号より)