侯若虹
12月1日は、世界エイズデーである。衛生部は、昨年のエイズデーに、初めてエイズの現状の記者会見を開いた。いままで隠しに隠してきた話題は、ついに公衆の面前に出された。この話題を長年避けてきた中国人は、エイズを直視しはじめている。 記者会見当日、中央テレビは、「揺れるレッドリボン」をテーマとした夕べを開催し、初めてエイズを宣伝対象として観衆の前に登場させた。
1985年、中国初のエイズ患者が発見され、その後、エイズ伝染の速度は、年々加速している。衛生部が公表したニュースによれば、2000年末までに報告されたエイズウイルス(HIV)感染者は、累計2万2517人に達した。中国には、エイズの検査施設はまだ少なく、報告されていない感染者もかなりいると思われる。専門家は、中国のHIV感染者は60万人を超えていると見積っている。
現在、血液、性行為、母子の三経路による感染は、いずれも中国に存在していて、全国31の省、自治区、直轄市に及んでいる。そのうち、麻薬注射による血液感染がもっとも多く、25の省、自治区、直轄市の麻薬使用者から、HIV感染者が発見された。麻薬が原因のHIV感染者は総感染者数の70・9%、農村のHIV感染者は感染者の3分の2以上、20〜50歳の感染者は総数の86・7%を占めている。 中国では、売春や麻薬使用のほか、流動人口の急増がエイズ蔓延の原因になっている。専門家の予測によれば、適切な対応策を取らなければ、2010年には、中国のHIV感染者は1000万人を超える恐れがあるという。 そんな中、目下、かなり多くの中国人は、エイズのひどい現状についてまったく知らない。国家計画生育委員会が行っているエイズ予防宣伝教育プロジェクトの調査によると、回答者のうち、20%はエイズという言葉すら聞いたことがなく、70%以上の人は、エイズ予防意識が全くなかった。わずか50・3%の人が、エイズが治る可能性の低い病気だと認識している。一方で、自分には感染する心配が全くないと考えている人は、47・6%にも達している。
同時に、エイズの感染経路を知らないために、恐怖感を募らせている人は多い。昨年12月1日の中央テレビの夕べで、中国で初めて、勇気を持ってテレビカメラの前に立ったエイズ患者・河南省の劉子亮さんは、村人たちが彼の病気を知ったあとの情況をこう話していた。 「みんなは私をトラのように怖がり、ひたすら僕を村から追い出そうと思っている。風が吹くだけでみんなが感染してしまうって」 劉さんと彼の家族は、多くの差別を受けてきた。その上、彼と同じような経歴を持つ人は、たくさんいる。そのため、人に知られるのが怖くて治療を受けず、周りの人に伝染する危険を高めているケースもある。
人びとのエイズに対する偏見をなくすため、中国政府、衛生部、医療機構、民間団体、それに著名人たちは、積極的な働きかけを行い、いまエイズの防衛線を築きつつある。
高耀潔さんは、河南省漢方医学院・第一附属病院産婦人科の教授で、76歳。1996年に初めてエイズ患者を治療して以来、エイズと性病の予防・治療をはじめた。高さんは、10万元以上の私費を投じて、様々な宣伝資料を書き上げ、40万部以上印刷し、人びとに配った。同時に、河南省の8つの県へ、薬を配って回っている。 2001年には、「ジョナサン・マン世界健康・人権賞」を獲得して贈られた賞金3万ドルと、フォード基金から提供された一万ドルを使って、『エイズ、性病の予防・治療』という本を12万冊、無料で社会の人々に提供した。 高さんは、著名人になった。取材に来るメディアは絶えず、応対に忙しくなったが、彼女にはもっと大切な仕事がある。それはお金を稼ぐことだ。資料の印刷代や薬代のほか、30人以上の孤児の学費を負担しているからだ。これらの孤児はみんな、両親あるいは片親をエイズで亡くした子供たちだ。一年の学費は、一人で少なくとも200元以上かかるため、彼女の負担は非常に重い。
高さんの月給は1600元で、その他の収入は原稿料と講演料の二つだ。1953年から臨床医を務める高さんは、早くから患者の間では名声が高かった。彼女の講演はとても人気があり、1年で70回以上も行われるが、講演料は1回100〜800元とそれぞれ幅がある。講演内容は、妊娠・出産や健康管理、養生、エイズ予防・治療など、なんでもありだ。そして高さんは、すべての収入をエイズ患者のために使っている。 高さん夫婦は、鄭州市の粗末なアパート暮らしだ。そのアパートももうすぐ取り壊されるため、引越しは目の前にある問題。彼女の旦那さんは、「もともと家を買えたのに、お金は彼女が全部使っちゃった」と、冗談半分に話す。高さんは、そんな旦那さんを見ながら子供のように微笑む。
武漢大学医学院の助教授・桂希恩さんは、アメリカで研修をしていた80年代に初めてエイズと出合った。桂さんは当時、中国人の生活様式なら、エイズは中国には広まらないと思っていた。 1999年、河南省上蔡県で医者をしていた彼の学生が、村人が謎の病気で相次いで亡くなっていくのをみて、桂さんに助けを求めた。 同年11月、桂さんは同県文楼村の155人の売血者(血を売って生計の足しにしている人たち)を検査した結果、96人がHIV感染者と判明した。感染率はなんと61・9%にも達した。桂さんはさっそく当地の衛生局と北京の関係部門に報告した。 それ以降、64歳だった桂さんは、11回も私費で河南省のエイズの高発病地区へ調査に赴き、患者のために血液検査を行い、科学知識の普及に努めた。彼は当地で何回も危うく殴られそうになったが、村民たちには人気がある。 2001年5月、桂さんはエイズ患者5人を武漢に迎え、全面的検査を行い、公衆からの理解と援助を取りつけようとした。しかし患者たちは、病院の宿舎にたった1日泊まっただけで出て行くことになってしまった。周りの住民が、彼らを受け入れなかったからだ。そこで彼は、思い切って5人を自分の家に泊め、自分の行為を通じてエイズ患者は、世間で言われているような怖い存在ではないことを証明しようとした。
中国のような発展途上国にとって、エイズ治療はかなり重い話題である。 北京第一伝染病病院、すなわち地壇病院は、1987年から、中国初のエイズ患者への治療を開始し、伝染病であるエイズ防止の第一線になっている。 地壇病院が受け入れた200人以上のエイズ患者のうち、60人以上は無料で治療を受けている。無料薬は、グラクソ・ウェルカム(Glaxo Wellcome)などの製薬会社が提供している。 無償で治療を受けている患者は、ランダムに選ばれているわけではなく、製薬会社の臨床実験の目的に合っている人たちだ。そのほかの患者は、HIV感染者でまだ治療を開始していないか、単に肺炎などの日和見感染の治療を受けているか、漢方薬の治療を試みているかが現状である。中国では、エイズ患者のほとんどは、高額の薬代を負担できないため、私費で西洋薬治療を受けている患者は、総数の1%に満たない。 中国人は、診断のつきにくい病気にかかると、漢方医学に希望を託すものだ。エイズの漢方治療の効果について、10年間研究を続けている中国漢方医学研究院の王健さんはこう言う。 「臨床では、漢方薬のウイルスへの影響は、西洋薬と比べものにならない。漢方薬を飲んだあと、患者の症状は明らかに好転し、患者自身も前より症状が軽くなったと感じるが、それは患者の主観に過ぎず、指標が変わったとは限らない。これは、漢方医学の優勢が、患者の免疫力や生の品質を高めるところにあることを示している」 王健さんは、エイズ患者に対して、単一の療法は不十分で、適切で総合的な治療措置を取るべきだと考えている。漢方薬は副作用が少なく、安いなどの利点はあるが、いまのところ正式に許可されたエイズ治療用の新臨床漢方薬はない。しかし、安全で効果的な実験用漢方薬は、すでにエイズ患者に薦められている。1990年から、北京佑安病院は120人以上のエイズ患者に、漢方と西洋医学を結合させた療法を試みている。 中国政府は、現在まだ有効な薬やワクチンがない情況の下で、投入額を増やし、予防教育を主とする方針を出した。また9・5億元の資金を採血設備の改造に投入し、毎年1億元をエイズの予防と研究に拠出することを決めた。 それとともに、中国政府のエイズ予防治療に関する政策はますます具体的になっている。例えば、感染の危険性の高い人に無料でコンドームを配ったり、コンドームのCMを流すことは、西洋ではすでに、有効な方法だと証明されているが、中国の伝統的モラルや一部政策とは相容れなかった。昨年9月、国務院は、『中国エイズ抑制、予防治療行動計画(2001〜2005)』を批准し、そのなかで、2005年末までに、HIVに感染する危険性の高い人のコンドーム使用率を50%に到達させることや、公共の場所にコンドームの自動販売機を設けることなどを規定した。これにより、HIVに感染しやすい人は、エイズ予防対策を取りやすくなっている。 そのほか、違法採血や血液製品の安全生産・使用、医療関係者全体へのエイズ・性病予防治療の教育、国民へのエイズ知識の普及、エイズ患者が受けるべき治療と配慮などについて、明確に目標を規定している。『行動計画』の目標は、2005年末までに、HIV感染者と性病発病者の年ごとの増加を10%以内に抑え、臨床輸血によるHIV感染率を平均で十万分の一以下に下げることである。 中国でのエイズ蔓延の現状は、国際社会でも広い注目を集めている。イギリス政府は、中英共同の性病・エイズ予防治療プロジェクトに1500万ポンドを拠出した。中国と欧州連合(EU)の合作による性病・エイズ専門の医療関係者の訓練プロジェクトは、すでに訓練ネットワークを形成し、6の国レベルの区域訓練センターを建てた。その他、世界保健機関(WHO)、国連エイズ合同計画(UNAIDS)、ユニセフ、世界銀行などの国際組織や、日本、オーストラリア、ルクセンブルクなどの政府のほか、フォード基金、オーストラリア赤十字などの民間組織も、中国と広範囲の国際的合作を行っている。(2002年5月号より) |