骨董鑑定に生かされるハイテク技術


                      羅蔭権

 
羅蔭権教授は骨董文物の贋作行為を根絶するため日夜努力している
 香港中文(中国語)大学物理学部ではここ数年、先進的な科学技術により、骨董文物の真偽を見わけ、絶対年代を測定する「熱ルミネッセンス法」(物質が吸収した熱エネルギーの一部または全部を光として放出する現象を用いた方法)の技術鑑定に成功し、その研究発表が行われている。熱ルミネッセンス法による絶対年代の測定成功率は95%以上。

 現在、国際的にも最も正確な鑑定技術であり、同学部はアジアで唯一、対外開放された鑑定機構となっている。そこで証明された絶対年代は、美術品の競売(オークション)会社の最大手・サザビーズでも認証され、採用されている。

 年代測定技術の最前線について、アメリカのカリフォルニア大学で博士号を取得し、現在は香港中文大学物理学部助教授、古文物科学テストセンターの代表でもある羅蔭権氏に寄稿してもらった。(編集部)

 

検査測定センターの世界屈指の精密機器

 有名な国立博物館であれ個人的な収蔵室であれ、ベテランのコレクターであれ初心者であれ、その目的が投資であれ趣味であれ、いずれにしてもまず解決すべきなのは、鑑定の問題である。文物市場で取り引きされたり、個人が収蔵したりする文物は、出土年代の証明不足であることが多い。そのため文物の真偽を見分ける方法や技術は、とりわけ重視されている。

 中国の歴史は長く、それを反映する文物も非常に豊かである。しかし、その一方で、文物が贋作された記録も同じように悠久の歴史を刻んでいるのである。

 陶磁器の贋作の歴史は、青銅器のそれよりも短い。しかし、明・清代以降の皇帝は、宋代の磁器を偏愛した。宋代の名磁(汝窯、官窯、鈞窯、定窯などで作られた磁器)の贋作は、しだいに中国磁器の名産地・景徳鎮など各地で盛んになっていった。

 中華民国成立(1911年)以降は、唐三彩など以前は注目されていなかった文物が脚光を浴び、さらに西洋人が中国文物に対して理解と興味を示した一時期があった。それにより、骨董陶磁器の贋作が日増しに盛んになり、宋代磁器から、唐、元、明の各時代の名磁、さらに従来あまり重視されていなかった陶俑(古代の副葬用陶器の人形)や副葬品まで、大量に贋作されるようになった。

 近年、人々の生活レベルの向上に伴い、民間でも収蔵ブームが沸き起こっている。とりわけ骨董陶磁器は、内外のコレクターたちの注目を集めており、中国の骨董陶磁器は近年、内外での競売価格が、いずれも1件100万元(1元は約15円)以上となる値段の跳ね上がり方である。中国の唐三彩や、宋代の天目茶碗・皿などは、日本の骨董マニアたちの間でとくに喜ばれている。大阪にある大阪市立美術館、出光美術館などには、中国の骨董陶器の逸品が一部、収蔵されている。

元代青花梅瓶(贋作)
青花梅瓶(本物)
唐三彩馬(贋作)
唐三彩馬(本物)
醤釉双耳罐(贋作) 宋代醤釉双耳罐(本物)

 贋作者にしてみれば、骨董陶磁器の贋作はあまり元手がかからず、利益の大きい商売だという。その利益を上げるため、贋作技術も日進月歩の勢いだ。彼らは、往々にして本物を「お手本」として、寸分違わぬ贋作を生み出すのである。伝統的な見分け方には、細かく見たり、触れたりする方法があるが、いずれにしても真偽の区別は難しい。

 骨董業界には、今も語り継がれている驚くべき実話がある。中国のある税関で、輸出品の中にあった、泥まみれの古い陶磁器が取り調べられた。荷主は、「これらはみな骨董市場で買ったものです」と説明した。税関職員は、貴重な出土文物であると疑い、いよいよ専門家の鑑定を仰ぐことになった。案の定、それらは伝統的な鑑定方法をへて「骨董」だと認定され、「貴重な文物であるばかりでなく、うち数件は、国家クラス(2〜3級)の重要な文物である」と鑑定された。荷主は国家文物密輸罪で、重刑に処された。

 その後しばらくして、専門家は仕事の都合で、ある磁器の産地へと足を運んだ。露店には、泥のついた各時代の陶磁器がズラリと並べられていた。彼はその中に、あろうことかかつて自分が鑑定した国家クラスの文物に瓜二つの骨董陶磁器を発見したのである。彼は驚嘆して、自分の鑑定が大きな誤りであったと気付いた。その後、彼は二度と骨董鑑定に口を出すことはなかったという。

 ここ数年、科学的な測定・証明方法が、骨董陶磁器の鑑定にはごく一般的に応用されている。とりわけ、普遍的に認められているのが、熱ルミネッセンス法による測定技術だ。これは絶対年代を測定する、数少ない科学的手段の一つである。内外に知られる競売店では、熱ルミネッセンス法による測定数値が、真偽を見分ける論拠となっているのである。

 贋作者は、これまでに何度も科学技術を駆使して、熱ルミネッセンス法による鑑定を打ち破ろうとたくらんできた。我々が近年、発見した偽造方法は少なくないが、およそ次の二つに分類できる。

 その一、新しい贋作にエックス(X)線を照射し、外部から人工的な刺激を与えなくとも、物質が自然に光を放出する「自然放出反応」を起こすよう、手を加える。

 その二、贋作に添加剤を注入し、陶土の自然放出反応を強化する。

 こうした新しいハイテク技術を駆使した贋作が、少なからず市場に出回っている。聞くところによると、一部の贋作はあろうことか、贋作を見分ける実験室においても、熱ルミネッセンス法による骨董鑑定にパスしてしまうという。もはや骨董文物も贋作も、玉石混交の局面を迎えているのである。

 実際には、熱ルミネッセンス法による鑑定は、もしも運用が妥当であれば、エックス線などが照射されているかどうか、または陶土に添加剤が含まれているかどうかを判別できる。

 その中で、決定的な要素は、陶土の放出反応の正確な測定であるが、陶土の放出反応は非常に弱いので、正確な測定はかなり難しく、時間もかかる。そのため一部の実験室では、未測定のまま仮のデータを用いる結果、絶対年代に五百年から一千年という大きな誤差が生じてしまう。ハイテク技術による贋作が、贋作を見分ける実験室をもだますのだ。

 熱ルミネッセンス法では、サンプルの一つひとつに対して、放出反応を測定できる。また、サンプルとそれに類似した本物(一部)の熱ルミネッセンスの強度曲線を比較対照できる。

 例えば、南宋時代の竜泉青磁のサンプルを使って、我々は本物とサンプルにおける熱ルミネッセンスの強度曲線の比較分析を行う。また、エックス線が照射されたかどうか、陶土に添加剤が含まれた贋作であるかどうかを見抜くのだ。

 贋作者と贋作を見分ける実験室は、互いにハイテク技術を利用してたたかっている。しかし我々は、熱ルミネッセンス法による測定精度を絶えず向上させていけば、贋作技術は必ず、ハイテク技術の上に暴き出すことができると確信している。(2002年7月号より)