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エサを捕まえた1歳前後のトキ |
中国の江沢民国家主席は1998年の訪日の際に、中国人民を代表して日本にトキのつがいを贈呈した。また、それと同時に中国の専門家たちも日本に派遣され、トキの飼育や人工繁殖に協力。2000年には、中国の朱鎔基総理がさらに一羽のトキを日本に贈った。先に贈られた新潟県佐渡トキ保護センターのトキとペアリングを試みるためである。その後、これらのトキは次々と繁殖に成功し、今年だけでも12羽のひなに恵まれた。それはまさに、両国の人々がともに分かち合う慶事であった。
頬(顔の裸出部)が赤く、くちばしが細長く、全身がほぼ白色のトキは、「東方の宝石」と称されている。21年前、中国陝西省南部の洋県で再発見された時には、世界中のセンセーションを巻き起こした。というのもトキは国際保護鳥である上に、野生のトキはかつてのソ連や朝鮮半島では絶滅し、日本では絶滅寸前だったからである。これにより中国の洋県は、世界の注目の的となった。
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野生のトキの生息に適した洋県の自然環境 |
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野生のトキの群れ |
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トキの群れが水田でエサを探す |
今年5月、トキの最後の生息地と言われる洋県を取材した。陝西省のトキ自然保護区に指定されている洋県では、人々の手によりトキの保護と繁殖が進められていた。
洋県は、秦嶺山脈の南側に位置する。あたりには陝西、四川、甘粛の各省にまたがる漢中盆地が広がっている。温暖な気候に恵まれ、主として農業が営まれている。トキの生息地は、秦嶺山脈の南の中腹にあたる丘陵や平野地帯(標高475〜1200メートル)に分布する。5月はちょうどトキの繁殖期にあたり、保護区の職員たちは、生まれたばかりのひなに標識の足輪をつけに行くと言う。そこで早速、彼らに同行した。
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洋県トキ救護飼養センター |
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センターの飼育ケージ |
ジープは、険しい山道を走った。道の両側には樹木が生い茂っていた。トキはこうした森林の中でも、とくに高木を選んで巣を作るのだという。我々は車を降り、巣のある場所を目指してしばらく歩いた。すると突然、背部の灰色がかったトキの成鳥二羽が、森林の中から飛び立ったのである。
職員が、こう教えてくれた。「トキは人を恐れる性質がある。でも、私たちには慣れているようです」。二羽のトキは、まさに我々が探していたひなの親だった。トキは繁殖期になると、背部の羽が暗灰色に変わるのである。
我々はトキの巣の下までやってきた。職員がスルスルと木に上ると、ひなをカゴの中に入れて巣から降ろし、足輪をつけた。トキの生態を観察するために、職員たちはいずれのトキにも番号の記された足輪をつけている。ひなは、生後一カ月あまりで巣立つので、その前に必ず標識の足輪をつけておかなければならないのである。
小雨が降り出した。まわりの景色は、ベールに包まれたようにうっすらとかすんで見えた。水田あり、農家あり、渓流あり……。それはトキの生息に適した典型的な環境である。水田や水域に見られるドジョウや小魚、小エビ、カエル、イナゴなどは、いずれもトキのエサとなるものだ。
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生まれたばかりのひなにエサを与えるセンター職員 |
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トキにエサを与えるセンターの飼育係 |
一年のうち3月から6月までは、トキの繁殖期である。トキの繁殖様式は「一夫一妻」制である。一般的には毎年のように巣作りし、母鳥が一個から四個の卵を産む。7月から11月は、いわゆる「遊蕩期」(非繁殖期)である。この期間はトキの羽が白色にもどり、それはそれは美しい。活動範囲は数千平方キロにもわたり、時として数十羽の単位で集団営巣することもある。12月から翌年1月は、越冬期である。一部の成鳥たちはこの間、もとの生息地に戻って繁殖準備のための巣作りをはじめるが、それ以外の成鳥は丘陵や平野地帯にとどまり、冬を越す。
この20年来、トキの種の保存や繁殖のために、保護区の職員たちはたくさんの仕事をしてきた。トキが営巣した樹木やその周辺の大木にはすべて番号プレートをつけ、カードに登録した。また、樹木の乱伐を禁止し、植樹や造林を進めて、トキの生息に影響のある農耕地を林に変えた。さらに、エサ場となる水田地帯での化学肥料や農薬の使用を禁止し、湿地や水路の汚染浄化を強化した。
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野生のトキが巣の中のひなを育てる |
繁殖期にはヘビ、イタチなどの害敵や悪天候から卵とひなを守るため、職員たちは24時間態勢で監視している。人手不足の時は地元の農民を雇い、監視小屋から見張ってもらう。遊蕩期になるとその活動範囲が広がるのを考慮して、保護区ではトキの保護キャンペーン活動を強化し、いっさいの狩猟活動を禁止する。気温が下がり、エサも少なくなる冬は、水田にドジョウなどを放ってトキを守る。
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ひなに標識の足輪をつける |
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幼鳥の成長状況を記録する |
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ひなの体重を記録する職員 |
生存環境の明らかな改善により、トキの巣も高地部から低地部へとだんだん移動してきた。現在は、32の巣が確認されている。うち、標高1000メートル以上の高地部に作られた巣はわずか四つ、残りの28の巣は標高650〜850メートルの低地部に点在している。野生のトキも、当初確認された7羽から、今では212羽に繁殖している。
野生のトキを保護するとともに、保護区ではさらに百羽以上のトキを人工飼育している。「トキ救護飼養(救援保護飼育)センター」の巨大なケージの中では、群れをなしたトキたちが、先を争うようにドジョウをついばんでいた。また育雛室では、飼育係が生まれたばかりのひなにエサを与えているところだった。ケージで飼育されるトキの最大の問題は、親鳥が自然な「子育て」を拒むことである。センターではここ数年、人工飼育によるトキの自然育雛の実験・研究を進め、成果を上げている。センターの目標は、人工飼育によるトキを自然に返すことである。
トキは日本の人々に愛される珍鳥でもある。日本は中国のトキの保護と研究に対し、多方面にわたる協力や寄付を行っている。日本の環境庁と(財)日本鳥類保護連盟は、洋県のトキ生息地の改善や冬場における水田の蓄水管理、営巣区にあたる広い面積の山林保護などに対して、さまざまな協力支援を行った。また新潟県は政府や民間団体を通して、洋県のトキ救護飼養センターに、付帯施設の建設資金やテレビカメラによるモニタリング・システム、人工孵化設備などを寄付した。2001年には、トキ宣伝教育館、標本館、資料室、擬似生態室、映画・ビデオ放映ホールなどの施設を洋県に設置するために、日本政府が60万元(1元は約15円、約1千万円)を寄付した。こうして、トキはまさに両国の人々の友好の「使者」となっているのである。(2002年9月号より)
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