「中日間には共有する文化の基礎がある」

趙啓正・国務院新聞弁公室主任に聞く

                         聞き手・横堀克己 写真・馮進

   国務院(政府)の機関である新聞弁公室は、世界に向けて中国を紹介する役目を担っている。中日国交正常化30周年の今年、同弁公室の趙啓正主任は2回にわたり日本を訪問、中日関係について発言してきた。本誌はこのほど一時間半にわたって趙主任に、中日関係の現状や問題点、今後の展望などについて、率直に見解を語ってもらった。  

中日関係の現状をどう見るか

 

 ――今年は日中関係の節目の年にもかかわらず、政治・外交の面では、日中間に望ましくない雰囲気が漂っています。しかし、経済面では、今年の日中貿易総額は史上最高を記録しそうな勢いですし、人の往来、民間交流はますます盛んになっています。こうした状況をどう分析しますか。

 趙啓正主任 中日関係がここまで発展してきたのは、両国の多くの人々の努力によるものです。当時の田中角栄首相や大平正芳外相らの信念と決断があり、中国の今は亡き偉大な指導者、毛沢東主席と周恩来総理らの努力が、大変重要な作用を果しました。中でも浅沼稲次郎先生のように、中日友好のために生命を投げ出した人もいます。

 中日関係は非常に重要です。しかし最近、中国人民の間に、日本に対する失望感が広がっています。それは小泉首相がまた靖国神社を参拝したためです。

 小泉首相は昨年10月、盧溝橋の抗日戦争記念館に行き、中国が蒙った歴史的な傷跡を目の前にして謝罪を表明し、中国人に好感をもって迎えられました。これは中国側が強要したのではなく、小泉首相自らが表明したことなのです。さらに小泉首相は、今年4月、海南島の博鰲で開かれたフォーラムで「中国脅威論」を公然と批判し、「中国経済の発展は、日本にとっても有利だ」と述べ、盛大な拍手を浴びました。

 ところがその直後に、突然、靖国神社を参拝したため、中国人は非常に失望したのです。靖国参拝の問題は、中国人にとってもっとも敏感なものなのです。

 にもかかわらず私たち中国政府は、中日国交正常化30周年を熱烈に祝うことにしています。中日共同で、日本でメディアに関するシンポジウムを開催したり、両国のテレビ局が合同で、国交正常化の記念番組を放送したり、記念の写真集を出版したり、さまざまな形で国交正常化30周年を祝うことにしました。

 ――いま、日本人が一番関心を抱いている問題は、中国から輸入される野菜などの農産物の残留農薬問題や痩せ薬の被害です。

 趙啓正主任 この問題は、第1に互いに連絡を強化し、第2に中国が農薬と化学肥料の使用に関する検査を強化すれば、解決できると思います。残留農薬の問題は、完全に管理の問題であり、一部の農民の教育水準が低いために起こった問題です。この問題は速やかに改善できます。野菜の生長期は1、2カ月間に過ぎないので、これからはこの期間に肥料や農薬の使用を制限しさえすれば、問題は解決するでしょう。

 中国政府は、農産品の農薬残留問題を非常に重視し、すでに一連の措置をとり、規制と検査を強化しました。なぜならこれは、人の身体の健康と安全にかかわる問題だからです。私たちは日本側と協力して、この問題を解決したいと思っています。

 しかし、日本は、輸入農産品の残留農薬の検査にあたっては同一基準を採用すべきで、中国の農産品を差別するダブル・スタンダードをとってはならないのです。

 ――日本のさまざまな世論調査では、中国に対して嫌悪感を抱く人が次第に増えています。その原因の一つは、日本に住む中国人による犯罪ですが、これにどう対処したらよいでしょうか。

 趙啓正主任 中国に対して好感を抱く人が減っている原因は複雑です。日本に住む中国人の犯罪の問題については、私は大変遺憾なことだと思います。

 この問題に対する中国政府の態度は明確です。私たちは一切の犯罪行為にきっぱりと反対し、法に則って厳しい措置をとり、打撃を与えるよう主張しています。この問題でも、中日双方の協力と努力が必要ではないでしょうか。

中国は「世界の工場」になるか

 ――中国のWTO加盟や北京オリンピック開催決定などもあって、中国経済の発展が世界の注目を集めています。中国は「世界の工場」になりつつあるといわれ、日本の多くの企業が中国へ生産基地を移しています。その結果、日本では、「産業の空洞化」の危険が指摘され、懸念が広がっています。

 趙啓正主任 「中国が世界の工場になった」というのは、事実に合致していません。中国から日本への輸出は4、500億ドル。日本の消費全体の中に占める比重はごく小さい。国内総生産(GDP)の工業生産値だけを比べてみても、米国は世界の20%、日本は15%を占めているのに対し、中国は5%に過ぎません。それも中国はほとんど国内で消費しているのです。

 中国の商店で売られているフィルムは、米国の「コダック」と日本の「富士」ばかり。さらに旅客機では、「ボーイング」と「エアバス」が使われている。しかも高付加価値のハイテク商品は、中国にはまったく無いのです。中国からの輸出は、付加価値の高くない労働集約型の産品で、価格は安く、これは米国や日本の物価の安定に役立っています。

 日本は優秀な頭脳をもち、ハイテクを開発する潜在力をもっています。いまは一時的な不景気ですが、今後高級な商品を開発して行けば、日本の「産業の空洞化」をあまり心配する必要はないと思います。

 日本のみなさんは、中国市場をもっとよく理解していただきたい。確かに中国人は日本の洋服はそれほど買わないけれど、日本の電動機械や自動車をもっと買うようになるでしょう。将来、日本の高速鉄道を買うかどうかはわかりませんが……。

 一歩譲って、「世界の工場」になることは、世界にとって有害なことなのでしょうか。例えば日本の自動車は、米国の自動車にくらべ省エネで、しかも安く、みんなが乗っています。自力で自動車を製造できない国にとっては、こうした車は助かります。

 例えばカメラ。いまや多くの中国人が日本のカメラを持っています。その多くは日本製で、日本が「世界の工場」となって造っているものではないでしょうか。それなら日本は、中国の脅威になった、大変だ、ということになるのでしょうか。中国人はこれまでそんなことを言ったことはありません。

 ――日本国内には、中国に対する政府開発援助(ODA)はこれ以上必要ない、大幅に減額すべきだとか、援助の対象をインフラから公害対策や環境保護に振り向けるべきだという議論が高まっていますが。

 趙啓正主任 中国は日本のODAを高く評価しています。今年3月までの累計で、日本から中国へのODAは2兆8291億円。そのうち実際に使われたのは1兆7440億円です。これは全国31の省・自治区・直轄市すべてに渡され、交通、エネルギー、通信、農業、水利、都市のインフラ整備、貧困救済、人材養成などの186のプロジェクトに使われています。そのことは、中国人はみな知っています。

 ただ、中国人はそれに対してあまり感謝の言葉を言わない、という批判があります。それはおそらく中国と日本の文化的な違いに原因があるのでしょう。日本の人は、何度会っても毎回、「先日はどうもありがとうございました」と言うが、中国人は、親しい友人同士の間柄では、会うたびにお礼を言うことはしないのです。

 しかし、あまりお礼を言わないからといって、ODAを重視していないわけではないのです。すでに『人民日報』や『光明日報』が日本の開発援助について連載で報じ、高く評価しています。今後も日本のODAについて大いに報道するよう、促したいと思います。

 今後は、黄砂を治めるための研究など新たなプロジェクトを始めたらどうでしょうか。黄砂の発生地域の分布や発生のメカニズムはまだよくわかりませんが、日本にまで飛来しているようですから。これも今後の、中日が協力できる項目でしょう。

これからの中日関係は

 ――日中関係の未来について、どう考えますか。

 趙啓正主任 私は、中日友好が、現実的にも将来的にも、中日両国のみならず世界にとって有益であると強調したいと思います。さまざまの困難はあるが、克服できないものはないし、きっと克服されると確信しています。

 欧米人と比べ中国人と日本人は、相互に理解しやすい地理的、文化的背景があります。まず、地理の面では距離は近い。文化の面では、歴史的に見てこれほど近い文化を共有している国は少ないのではないでしょうか。

 例えば漢字です。日本の人々は、中国から伝わった漢字が日本の発展に大きく寄与したと謙遜して言いますが、漢字は日本に伝わった後、大きな発展を遂げたことに注目すべきです。明治時代に欧州に学んだ日本は、哲学、経済、政治、科学などの欧州の文献を日本語に翻訳しましたが、訳語に漢字を使うケースが多く、それが中国に帰ってきたのです。例えば、物理学、数学、化学、政治から社会主義、共産主義、共産党という言葉まで、みな日本から来たものです。

 書道や茶道も、欧米人はなかなか理解できないけれど、中日間ではその文化を共有しています。文学や民俗、歴史、映画、芝居、歌舞伎、京劇……。中国人と日本人が語りあえる話題はかくも多い。中日間には友好の基礎があり、文化の基礎はしっかりとしているのです。

 ――日中友好をさらに進める具体的な提案はありますか。

 趙啓正主任 中日間の友好をさらに一歩進めるために、今年は双方でそれぞれ5000人と1万人の青年を派遣しあうという青年交流を行いましたが、こうした活動をいつも行うようにしたいと思います。とくに、青年、学生の交流は大切で、留学生の交換や、短期のサマーキャンプの開催などを行ってはどうでしょう。

 中国では普通、英語が第一外国語で、日本語はすでに重要な第二外国語の一つとなっています。私の娘も高校一年生ですが、第二外国語にはドイツ語、フランス語、日本語があり、「どれを学んだらよいか」と言うので、私は「日本語がよい」と答えました。

 中国で日本語をもっと教えたらどうでしょうか。日本の関係団体や機関が、中国の日本語教育を推進することはできないでしょうか。すでに米国や英国は、中国の英語教育の発展に、大いに力を注いでいます。日本側もこれを見習ったらどうでしょうか。(2002年11月号より)

趙啓正主任の略歴
 1940年1月、北京生まれ。63年、中国科学技術大学核物理学科卒業。63〜74年、核工業部第二設計院に勤務。75〜84年、上海・宇宙開発局上海放送機材工場に勤務し、設計科副課長、副工場長などを歴任した。当時、「教授クラスの高級技術者」の学位を得た。84〜86年、上海市工業部門党委副書記、市党委組織部副部長に就任。86〜91年、上海市党委常務委員、組織部副部長。91年、上海市党委常務委員、上海市副市長に就任するとともに、93年から上海・浦東新区管理委員会主任を兼務。98年から現職。