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喜怒哀楽の2008年(1) 「迎春」から「暖春」へ新段階を迎えた中日関係

胡錦濤主席(後列右から2人目)は東京で松山バレエ団の清水正夫名誉団長(後列左から2人目)らと面会。バレエ団のメンバーと記念撮影

日本の安倍晋三首相の「氷を割る旅」、中国の温家宝総理の「氷を融かす旅」に続き、2007年末、福田康夫首相が就任からわずか3カ月で中国を訪問した。福田首相は胡錦濤国家主席と温総理と会見し、北京大学で講演を行った。このときの「福田が来たということは福が来たということです」という言葉は、中国人の心にしっかりと刻まれた。福田首相の「迎春の旅」は好評を博した。

2008年5月、胡主席が日本を訪問し、五日間にわたる「暖春の旅」を行った。中国の国家元首の訪日は実に10年ぶりのことであり、中日双方はこれを極めて重視した。

胡主席は福田首相と会談したほか、中日友好人士の子孫たちとも会見し、早稲田大学での講演も行った。早稲田大学では中国の卓球選手の王楠さんと日本の福原愛さんといっしょに卓球をした。この訪日は数多くの成果をあげた。両国は『戦略的互恵関係の包括的推進に関する中日共同声明』と『中日両政府の交流と協力の強化に関する共同プレス発表』を出した。

戦略的互恵関係

明仁天皇(左から3人目)と皇后(右から3人目)は胡錦濤主席(左端)を滞在中のホテルに訪ね、胡主席と劉永清夫人(右端)にお別れのあいさつをされた

「迎春」から「暖春」へと、2008年の中日両国の政治関係は首脳の相互訪問によって急速に暖まり、長年続いた「政冷経熱」の局面は変わりつつある。とくに、両国の指導者が調印した『戦略的互恵関係の包括的推進に関する中日共同声明』は、両国間の三つの政治文書(『中日共同声明』『中日平和友好条約』『中日共同宣言』)に続く重要文書であり、意義深い。今後両国が戦略的互恵関係を構築する長期的発展の原則と枠組みを確立した。

近年、世界情勢が大きく変化する中、中日間の経済貿易や政治などでの協力は日増しに深まっている。

2006年、中国は日本の最大貿易相手国となった。日本もこれまでずっと中国の重要な貿易パートナーである。アジアおよび世界における政治、安全保障、地域紛争などの問題に対しても、中日両国はますます大きな影響力を発揮している。戦略的互恵関係の提起は、両国の今後の長期的発展への良好な基礎を固めた。

こうした協力的なよい雰囲気の中、長らく係争を続けてきた「東中国海問題」も、新たな進展をみせた。「問題の海」は「友好の海」へと変わりつつある。

5月に四川汶川大地震が発生した後、日本政府は真っ先に国際緊急援助隊と医療チームを中国に派遣し、多くの救援物資も届けた。日本各地の人々も、金銭や物資を積極的に寄付し、中国を支援した。「困難なときこそ友情がわかる」。日本の政府と民間の思いやりのある行動に、中国人は感動した。

青少年交流ブーム

胡錦濤主席(右から2人目)と福田康夫首相(左から2人目)は、福原愛さん(右端)と王楠さん(左端)のラケットに記念のサインをした

2008年は両国間の人的交流も盛んだった。「中日青少年友好交流年」に設定され、青少年四千人の相互訪問が計画された。

両国の青少年は見学やホームステイなどを通して相互に交流し、学んだ。そして相手国に対する理解を深めると同時に、異国の友人をつくった。

青少年は両国の未来であり、彼らの相互交流と理解を深めることは、両国の今後の発展に役立つ。1984年に日本の青年3000人が訪中したのに続き、2008年は青少年交流が新たな盛り上がりを見せた。このブームは長期的に続いていくことだろう。  

また、日本の観光部門の情報によると、日本政府は中国人観光客に対して「家族観光ビザ」の発給を一部始めたという。今後、中日の民間交流はより便利により自由になると見られる。(0812)

 

 

人民中国インターネット版 2009年1月6日

 

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