1月22日の除夕(大晦日)から2月6日のランタン祭り「元宵節」まで花火と爆竹で中国全土を沸騰させた今年の春節(旧正月)は幕を閉じた。
本誌の二人の日本人スタッフ、二人の中国人記者と『北京週報』の日本人スタッフ一人が今年の春節を振り返った。
中国人はなぜ故郷へ?
島影均=文
「世界最大の周期的な民族大移動」として知られる中国の春節の帰郷を「春運」という。この中で多数を占める農民工と呼ばれる人々は、列車の切符を手に入れるのにどれほど苦労しても、満員の列車で30時間かかっても、なぜ故郷に帰る?
「春運」はあらゆる公共交通機関がフル回転し、マイカー、バイクや徒歩の人もいる。今年の「春運」は新暦の正月が過ぎたばかりの1月8日から始まり、23日の春節をまたぎ2月6日の元宵節までの40日間を指している。この間に延べ31億5800万人の中国人が北京、上海、広州などの大都会から東西南北の故郷へ向かい、そして、休み明けには、働き先の大都会へUターンしたと推定されている。13億人の国民が1人当たり2.6回移動した勘定だ。
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地下鉄駅に向かうUターン客で超満員の北京駅前(新華社) |
日本でも8月のお盆前後と年末年始に帰省ラッシュ、Uターンラッシュが起きるが、新聞、テレビで話題になるのはせいぜい数回。ところが、中国はこの「春運もの」は連日のようにトップニュース。例えば、初日の1月8日、『法制晩報』は「31万人が離京」とトップで伝え、18日の北京市内紙『京華時報』は前日、42万人が北京市内四駅から出発したと報じ、各駅ごとの状況を詳しく伝えた。翌日の『北京晨報』は「今日が最高50万人を突破」と予測記事を掲載。臨時列車や車両増結の情報を細かく知らせた。
各紙とも切符を買うために並ぶ両親の代わりに大きな荷物の番をする女の子、荷物の山に埋まって仮眠する若者の「春運ひとこま」として大きな写真で臨場感を読者に運ぶ。テレビ、ラジオも「春運」の話題一色。インターネット人口が昨年末に5億人を超えたと言われるだけあって、チケット購入も、行列を作って窓口で買わなければならない時代から、電話予約と並列して、ネット購入の新時代に突入しつつある。
しかし「民族大移動」主流を占め、改革開放政策が採用されて以来、都市開発を支えている農民工たちには、デジタル手法はまだまだ縁遠いに違いない。各紙のルポ記事も農民工の「春運」に焦点を絞ったものが目についた。週刊の『南方週末』は農民工を故郷に運ぶ上で大きな役割を担っている緑色に塗装された昔ながらの鈍行列車で故郷に帰るある農民工を取り上げた。
広州市内のビル建築現場で塗装工として働く45歳の湖北省出身の男性に密着取材。彼はやっと手に入れた列車の切符で、座るところはもちろん足の踏み場もない満員列車で広州から湖北省武漢まで17時間、今度は長距離バスに乗り換えて3時間、さらに小型バスで30分、バス停から30分歩いてやっと懐かしい家に到着する。乗り物に載っている時間だけで21時間に及ぶ。
海外の中国関連ニュースをピックアップして伝えている『参考消息』は1月31日、「なぜ中国人は年越しに必ず故郷に帰るのか」と題する米国の『大西洋』(日本では『アトランティック』)月刊ウェブ版を転載した。米国のメディアにも不思議な現象なのだろう。ここでは農民工に望郷の念が強いのは、大きな変化の最中にある中国で、都市化は過去との決別を意味するが、都市でつらい仕事をしている人々は伝統が忘れがたく、春節を家族と共に迎えることで「新しい意義」を見いだし、また都会に戻るのだと分析している。
確かに、中国ではごく最近、都市人口と農村人口の比率が逆転し、都市化は加速の一方だ。しかしそうした流れに抗するように、中国社会に通底しているいわゆる儒教精神の伝統―郷土愛、親孝行、一家団らんを守り続けようという中華民族の壮大な意思が働いているのは確かなようだ。その意味で、「世界最大の周期的な民族大移動」の行方は中国の都市化の将来を占うひとつのバロメーターかも知れない。
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