籠川可奈子=文
6月27日から7月2日にかけて、「エコ文明建設と貧困対策」をテーマに貴州省で実施された取材ツアーに参加しました。世界自然遺産に登録された中国南方カルスト地形が見られる自然豊かな貴州省。ここでは現在、環境保護と経済発展を両立しながらの貧困対策が進められています。同省の貧困人口は2015年時点で493万人と決して少なくない数字ですが、全国と歩調を合わせた小康(ややゆとりのある)社会の実現のため、20年までの完全な貧困脱却を目標として各地が知恵を絞って奮闘しています。
今回訪れたのは、貴州省の南部や西部にある茘波や恵水、安順、六盤水といった地域。これらの地域ではどんな貧困対策が行われ、それにより住民の生活はどのように変ったのでしょうか? ここでは、安順市普定県と六盤水市水城県および鐘山区の例を紹介したいと思います。
5種類の利益シェア方法で豊かに
--秀水エコ農業パーク
特産品などの店舗が並ぶショッピングエリア(写真・筆者)
「秀水エコ農業パーク」は貴州省の西部、安順市普定県の秀水村にあります。山紫水明の自然条件に恵まれた土地ですが、これといった産業がなく、以前は3000人余りの村民のうち半数近くが貧困に苦しんでいました。そんな村に変化が起きるきっかけになったのが、地元企業の興偉グループが中心となって投資・計画したエコ農業パークの建設です。土地の使用権を株式化することによって、村民全員がパークの開発に関わり、そこで生まれた利益を全員でシェアするというシステムを採用。シェアの方法を5種類(人頭股、土地股、笑益股、孝親股、発展股。「股」は株のこと)に分類していることから、このシステムは「秀水五股」と呼ばれています。
3.2キロにわたって続くラフティングコースで遊ぶ人々(写真・駱鵬飛)
私たちが村に到着したのは夕方6時ころ。パークの入り口付近に人だかりができていたので近寄って見ると、ここで働く村民たちが指紋認証のタイムカードを押すために集まっていました。押した後は三々五々、付近の自宅まで徒歩で帰っていきます。パークに入るとすぐに真新しい木造の平屋店舗が並ぶショッピングストリートが広がっていました。その先にはボート遊びなどができる秀水湖、さらに奥にはラフティングが楽しめる溪流などさまざまな施設があります。このほか、パークにはゴーカートや乗馬、射撃、釣り堀、遊歩道など大小合わせて50ほどのレジャー設備があり、宿泊施設も完備されているため、周辺の都市から休暇を過ごしにやってくる観光客も多いといいます。今年の5月初めの連休や6月1日の子どもの日には、1日当たりの売上げが18万元(1元は約15円)に達したとか。同村党支部書記の張克智氏は村の変化について「都市に出稼ぎに行っていた村民がほとんど戻ってきました。出稼ぎのほうが高収入ですが、高齢者や子どもの面倒を見られるため、地元で働くほうがいいと考えてのことです。実際、ここで得られる収入も大幅に増えています。以前は年間4000元ほどでしたが、いまでは約1万元に増加しています」と説明。政府・企業・村民が力を合わせた結果、数年前までは考えられなかったような大きな変化が村にもたらされたのです。
普定県ではこのほか2カ所の農業パークを見学しました。一つは「百花歓楽大世界」で、130種類余りの蘭の花が地元の人たちの手で育てられていました。高価な品種は一株500元で販売されるとのこと。もう一つは「沙湾農業大観園」で、ブドウやモモ、ナシなどの果物や野菜が最新設備のビニールハウスや畑で栽培されていました。村民の住居もきれいに整備され、外壁には民族風情あふれる素朴なイラストが描かれ、農村ののどかな風景に溶け込んでいました。入場料は無料で、週末になると2000~3000人が訪れて果物狩りや釣り、ウォーキングなどを楽しむそうです。
富を生む高級果物の大規模栽培
--水城県百里キウイフルーツ産業地帯
果実に保護用の紙袋を被せる村民(写真・喩捷)
貴州省西部の六盤水市水城県にある「百里キウイフルーツ産業地帯」。この一帯は名称の通り、キウイフルーツを集中的に栽培している地域として有名です。水城県の中心街から農園のある米籮鎮に向かう途中、とても険しい山道を通過しました。そそり立つ山々を越え、深い谷を抜けて、約40分かけてやっと目的地に到着。今回の行程の中で、山地が多い貴州ならではの地形を最も体感できた場所でした。
プロジェクトを紹介する潤永恒公司総経理の胡君氏(写真・喩捷)
百里キウイフルーツ産業地帯のうち、米籮鎮俄戛村にある農園は貴州潤永恒農業発展有限公司が2012年に1億8000万元の予算で整備を開始した生産基地です。斜面を覆うキウイ畑には白い支柱が規則的に並び、その間に張られたロープを伝って果実がすくすくと成長しています。海抜が高く栽培に適した気候のため、この辺りでは03年ころから試験栽培が開始されていました。ここで主に生産されているキウイは果肉の中心が赤い珍しい品種。甘くて酸味が少なく、他地域のものより高額で取り引きされるそうです。同社総経理の胡君氏によると、トウモロコシなど従来の作物よりもずっと利益が上がるキウイ栽培ですが、当初は将来性を疑問視され、村民の理解がなかなか得られなかったとのこと。そこで提案したのが、キウイの収穫量に関わらず、提供した土地ごとに毎年600元の定額ボーナスを得られる仕組みです。5年目からはこれに収益ボーナスを加算。しかも5年ごとにその金額を増やしていきます。この計画により村民は安心してプロジェクトに参加するようになり、対象地域の貧困層のうち、すでに217世帯847人が貧困から脱却したといいます。
この変化の重要な後押しとなったのが、六盤水市が推進する「三変(資源を資産に変え、資金を株金に変え、農民を株主に変える)」政策です。この政策の下で、村民と企業の利益をどのように関連させていくかを考えた結果、上記の仕組みに代表される運営モデルが誕生したのです。今では、土地の提供のほか、100人余りの村民が農園管理などの仕事に就いて平均2500元ほどの月収を得ています。キウイの栽培ノウハウは、講習に参加して学ぶことができます。また、毎日数十人から数百人もの村民が園内のさまざまな作業に携わり、相応の収入を得ています。今後の計画について胡氏は「商品のブランド価値を高め、観光業と絡めることによって、より一層収益が上がるようにしたい」と語っていました。
観光開発で就業チャンスを拡大
--鐘山区大河現代都市農業パーク、鐘山区旅游職業学校
大河堡・涼都花海の展望台から麓の村を眺める(写真・筆者)
六盤水市の鐘山区では、市街地の北部に開発中の「鐘山区大河現代都市農業パーク」と、空港近くの農村観光スポット・月照養生谷にある「鐘山区旅游職業学校」を訪ねました。これらの地域は「三変」政策をベースにした「三変+旅行+就職」という独自の貧困対策モデルが功を奏して、今では人気観光地になっています。しかし、観光開発が行われる以前は、地形の起伏が激しいために耕地が少なく気候も多様で、従来型の農業生産だけでは収入増加が難しい場所でした。
市街地から15キロほどの山中にある鐘山区大河現代都市農業パークは、総面積4万7200ムー(1ムーは6.667アール)、2013年より累計30億元の資金を投入して建設が進められています。エリア内の人口は5800世帯19000人、そのうち貧困層は880世帯2871人です。同パークのメーンスポットとなっているのは、チューリップやユリ、ヒマワリなど四季折々の草花が楽しめる「大河堡・涼都花海」。一面に広がる花畑の中には、レストランやカフェが入る展望台があり、屋上には水が張られていて、そのほとりに立つと鏡のような水面越しに周囲の風景を一望できます。「あちらの方角に目を向けてみてください。山肌に『母』という字が見えます」と解説するのは、鐘山区党委員会副書記の楊継軍氏。確かに、遠方の山の斜面に自然にできた文字のような模様が浮かび上がっています。まるで母なる大自然がこの地を見守っているかのようです。視線を下に移動すると、湾曲した川を挟んで、薄い赤と青に塗り分けた屋根が並ぶ村落が見えました。楊氏の説明によると、この配置には万物を生成する太極図のデザインを取り入れているそうです。自然環境と伝統文化を大切に、さまざまなアイデアを盛り込みつつ開発が進められていることがうかがえます。園内には中国語に英語・日本語・韓国語が併記された案内板やパンフレット、二次元バーコード読み取りで利用できる無料音声ガイドなど、観光客の利便性を考えたサービスも完備。今後、温泉付きホテルなども開業予定です。真夏の平均気温が20度弱という涼しい気候とも相まって、まさに絶好の避暑地と言えるでしょう。また、園内の一角には貧困対策サービスセンターがあり、周辺地域における貧困層の人数や実施中の対策、貧困脱却までのタイムスケジュールなどを詳しく知ることができます。
観光ガイドの授業を受ける受講生たち(写真・喩捷)
一方、鐘山区旅游職業学校では実際の授業の様子を参観しました。ここでは貧困層に当たる人々のうち、就業能力のある18~55歳の受講生が手に職を付けるために学んでいます。観光ガイドのクラスで学ぶ30代の女性受講生は「以前は農業をしながら子どもの面倒を見る生活を送っていました。中学卒業の学歴があったため、村長から一番に通知をもらい、村で最初の受講生の一人になりました。地元観光地の解説や風俗習慣、マナーなどを学んでいます。成果はとても大きいです。今後の収入アップにもつながります」と手応えを感じている様子。このほか、レストランのテーブルサービスや調理技術などの授業に真剣に取り組む受講生たちの姿が見られました。在学中は上記農業パークなどの観光施設で実習を行い、卒業後は能力や適性によって就職のあっせんを受けられる他、自らレストランや民宿などを開いて起業する人もいるとのことです。積極的な貧困対策によって、農村の環境にも村民の生活にも大きな変化が起こっています。
以上、3地域の例からも分かるように、一言に貧困対策と言っても、各地の自然条件や貧困発生の原因などによって内容はさまざまです。地域の特性に合わせて採用された各種の対策が徐々に効果を上げつつあります。
貴州省は中国西南部の内陸にあり、一般的に日本人にはそれほど知られていない地域と言えます。私も初めての貴州訪問でしたが、緑が豊富できれいな空気が吸えること、標高が高く夏でも涼しく過ごしやすいことなど、訪問前に持っていたイメージとは異なる事実に驚くことが多くありました。今回訪れた場所は広い貴州省のほんの一部分ですが、現地の様子を実際に見て、同省がこれからますます発展・変化していくことは間違いないと感じられました。
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