来客を連れ親切に自宅を案内するリンチンさん
貴徳県の町から黄河に沿って東へ約30㌔行った山奥に、古い村が隠れている。ここには風が吹き抜けるハダカムギの畑、山の上でたなびくタルチョ、煙が立ち上る古い家があり、この村をより美しく神秘的にしている。ここは大きな山に囲まれた秘境、黄河に抱かれた美しいチベット族の集落、サンバ(松巴)村だ。
「サンバ」はチベット語で、「三つの溝の口」という意味だ。高原にあるチベット族のこの集落の近くで、黄河は日夜勢いよく流れる。急だった黄河の流れがここを流れるときには、とても穏やかになる。広々とした河床、整然とした田畑、100年を経た古いポプラの「神木」、「神泉」が静かな「桃源郷」を形成している。陽光うららかな午後、われわれはサンバ村に到着した。統一されたデザインのチベット風の邸宅が並ぶ。家屋を囲む塀は土でできており、建物自体は木造で、軒には彫刻の模様があって、とても精巧だ。
リンチン(仁青)さん(53)はこの家の主人で、妻と長男と一緒に暮らしている。彼に親切に招かれて、われわれは建物に入った。周囲を見渡すと、屋内の壁や柱、天井には全て典型的なチベット風の色鮮やかな模様が描かれていた。われわれは食卓の前に座った。食卓の上は、ハダカムギ酒、バター茶、いりハダカムギ、ソラマメなど、いろいろな種類のチベット族伝統の食べ物で埋め尽くされていた。チベット族の人々は質朴かつ実直で、来客をもてなすのが好きだ。来客も友人も同じように歓待する。ハダカムギ酒を勧め、バター茶を入れるのが、彼らの通常のもてなしの方法だ。このとき、奥さんがハダカムギ酒をなみなみとついだコップを持ってきて、右手の中指に酒を少し付けて、軽くわれわれの顔に向けて弾いた。リンチンさんは来客に1人ずつ乾杯して回り、「タシデレ」(チベット語で、万事めでたく意のままに運ぶという意味)と言って皆を祝福した。
ハダカムギ酒での乾杯が終わると、奥さんは皆にバター茶を振る舞った。バター茶はチベット族の人々にとって1年中欠かせない飲み物で、「3日肉を食べないとしても、茶を飲まずにはいられない」というほどだ。バター茶を入れるのは、主婦にとって大切な家事の一つ。奥さんによると、彼女は毎日暗いうちに起き、まず火を起こして茶を入れるという。鍋に水をいっぱい入れ、磚茶を割ってもみほぐし、お湯が沸騰したら茶葉を入れ、数分煮込んで煮汁を出す。それから、また水を入れて煮ることを3回繰り返す。3回分の煮汁を合わせて大鍋に入れて、いろりで煮込む。これが一家の1日分の茶になるのだ。彼女の説明を聞いて、今この手元にあるバター茶をつくるのは簡単ではないことを知った。1杯のバター茶を飲み干す。濃厚で香りがよく、口当たりは滑らかだ。何か温かいものが胸のあたりに湧き上がるような気がした。