北京と「南水北調」
新中国の成立以降、市民の必要に応じるべく、北京政府は浄水場の建設に尽力した。20世紀、5~60年代、北京は6カ所の浄水場を続けて建設し、また郊外に複数の浄水場を建設し、地下水を主な水源とする新しい都市給水体制を築いた。
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蒸気機関の煙突、高さ20メートル、八角形のフォルム |
時を報じたやぐら 1908年建造、夜間の当直が時を告げる場所であり、休憩室でもある |
20世紀、70年代に入ると、人口の増加と経済建設が飛躍的に発展し、北京の水道使用量は激増した。1972年の給水ピークには、一日の不足量は15万トンにもなった。のち給水の問題を解決するため、北京市は相次いで大型のダムを2基建設した。
1978年の改革開放後、中国社会は高速の発展期に入り、北京の水道水は、大きな進歩を遂げた。2004年に入ると、北京市にはすでに18カ所の浄水場があり、給水パイプの長さは、7600キロ以上にもなり、給水サービスに関する面積は600数平方キロにもなる。
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博物館は展示ホールとともに戸外の設備もふくむ。その一部 |
浄水場の建設時に、蒸気機関のセットとしてともに使われた蒸気タンク。1931年、浄水場の動力が電気になってからは、蒸気機関と蒸気タンクは使われなくなった。 |
現在、北京は1300万人あまりの人口を擁する大都市であり、水道水はすでに新しい期間に入ったといえる。北京自来水公司は、全市の浄水場に対し、統一配分、自動化処理が実現している。また、水質の検査と処理のレベルは、高い水準を保っている。
古代、北京には河と湖が多く、清水の泉が街のいたるところにあった。けれど、気候の変化と人口増大により、北京はすでに世界的にみても深刻な水不足の都市となっている。北京市の水問題を解決するため、中国では、「南水北調」プロジェクトをすすめている。このプロジェクトは、長江の水を北方へ運び、長江、黄河、淮河、海河の四大河をつなげ、中国南北統一の水資源の配分を形成するものである。2008年9月、「南水北調」プロジェクトは、河北省から北京にいたる部分が竣工し、河北省の水は北京によどみなく流れ込んできている。「南水北調」のプロジェクトがすすむにつれ、北京をはじめとする北方都市の水資源問題はさらに緩和される。
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博物館のある展覧ホールの様子 |
北京市の給水ラインの立体模型 |
中国の南宋の学者、朱熹の有名な詩句に「渠の水がなぜこれほどに清いかを問うと、源の生きて動く水が来ているから」とあるが、それは水道水にもっともふさわしい描写といえるだろう。
博物館住所:北京市東城区東直門大街甲6号院
開放時間:水曜~日曜 9:00~16:00
電話:010-6465-0787 |
人民中国インターネット版 2009年7月
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