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『レッドクリフ』と三国志

 

ヒットの背景にある日本人の素養

4月に日本で公開された『レッドクリフ PartⅡ』。 都内の映画館で(写真・賈秋雅)

映画『レッドクリフ』(原題は『赤壁』)は、3世紀の中国・三国時代を舞台とする。400年続いた漢の実権を掌握した曹操、漢を守ろうとする劉備、赤壁の戦いで曹操を破る主力となった孫権が、それぞれ基礎をつくった魏・蜀・呉が争いあった時代である。卑弥呼の邪馬台国が記録される『魏志倭人伝』を含む陳寿の『三国志』という歴史書に記録された時代であるが、日本では「卑弥呼と三国志が同時代である」という説明に驚く人も多い。それほどまでに、三国志は古典の1つとして日本で受容されてきた。

『レッドクリフ PartⅡ』 東風を祈る孔明

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日本人が三国志に触れた時代は早く、空海の文章にすでに孔明(諸葛亮)の記述が現れる。鎌倉時代には、武家政権を背景に本格的に受け入れられ、『太平記』や『義経記』の中に、劉備と孔明の「水魚の交わり」を踏まえた記述が見られる。江戸時代の貝原益軒が著した兵法書『武訓』の中では、曹操は足利尊氏と並び君主の国を奪った悪人、孔明は楠木正成とともに忠義の人とされている。ここでの曹操・孔明の位置づけは、曹魏を正統とする陳寿の『三国志』ではなく、蜀漢を正統とする歴史小説『三国志演義』の歴史観のもとで定められている。日本は、古来『三国志演義』により、蜀漢への判官贔屓をしながら、三国志を受けいれてきたのである。

『レッドクリフ』は、三国鼎立のターニングポイントとなった、208年の赤壁の戦いに焦点をあてる。華北を統一して南下した曹操を、劉備と孫権が同盟を組んで破った戦いである。劉備の軍師である孔明は、孫権が兄と慕う周瑜と友情を育み、巨大な敵に立ち向かっていく。曹操を悪に、孔明を善として描く『レッドクリフ』もまた、基本的には『三国志演義』に基づく。

しかし、三国志のマニア度が高くなるほど、『レッドクリフ』への批判は大きい。それも、総じてPartⅡよりもPartⅠに厳しい評価が下されている。その理由は、曹操の描き方の違いにあろう。PartⅠでは、単なるエロ親父に過ぎなかった曹操は、PartⅡでは短歌行を謡い、病んだ兵士たちの前で自らの志を語る。単純な悪役ではなく、「乱世の奸雄」としての深みが表現されている。こうした曹操を好むことも、日本の三国志の受容と関わる。

明治になると、天皇制の擁護を目的として、主君劉備に忠義を尽くした孔明の姿が教科書に掲げられた。「出師表」を読んで泣かないものは忠臣ではない、とされたのである。そうした中で、土井晩翆が詠んだ「星落秋風五丈原」は、孔明の一生を悲壮美で描き出す叙事詩で、他の「忠義」に凝り固まった孔明像と一線を画するものであった。

昭和に入ると、今も読み継がれている吉川英治の『三国志』の連載が始まった。第2次大戦中に執筆された歴史小説でありながら、「吉川三国志」は、忠君思想一色ではない。「曹操に始まり孔明に終わる2大英雄の活躍ぶりを描く」という方針のもと、曹操のスケールの大きな人間像と、孔明の抜群の才知と忠誠心を描き出し、曹操と孔明を中心に三国を見る日本人の三国志像を決定づけたのであった。

日本人は、曹操が小喬を奪うために軍を動かした、という映画の非現実的な設定には満足しない。そこには、日本人の三国志への素養がある。『レッドクリフ』の配給会社は、それをいち早く察知し、宣伝の方針を変更した。一方で、三国志を知らない人たちのために、前説をつくり、読みやすい活字を使い、ルビを多用し、場面ごとに地名を入れた。日本人がもともと持っていた三国志への素養に加えて、こうした細かい配慮と宣伝が、『レッドクリフ』をヒットさせた。

『レッドクリフ』の見どころは、合戦シーンにある。子馬から育て上げたという戦馬をつかった騎兵の戦いは、これまでの三国志の映像の中で最も迫力がある。PartⅠで孔明が敷く、亀の甲羅に浮かんだ図形から考えられた八卦の陣は、陣を利用した集団戦の醍醐味と、関羽・張飛・趙雲といった個々の武将の強さの双方が表現される。PartⅡの海上戦は、これぞ映画、という迫力ある映像を見せつけ、その後の陸上戦では、劉備の傭兵隊長しての高い能力が描かれる。

そのうえ、『レッドクリフ』は、合理化にこだわった。最も神経を使ったところは、集団戦に迫力をもたらす火薬を使わない「フリ」をしているところだ。魚油を採取し硫黄を混ぜ、甕に入れて威力を確かめる描写を折り込み、曹操側も火攻めのための火種を満載していたとの設定を加えて、集団戦の見せ場となる火攻めにリアリティーを持たせている。『三国志演義』が、孔明に南征で、火炎放射器や地雷まで使わせることとの違いは大きい。「東南の風」や「苦肉の計」といったお馴染みの場面にもその合理化は及ぶ。

演義に先行する『三国志平話』という語り物の三国志では、張飛の大声で橋が落ち、孔明の蒔いた豆が兵士になった。『三国志演義』で行われた合理化をさらに推し進めた21世紀的な赤壁の戦いの解釈として、『レッドクリフ』を楽しむとよいであろう。

 

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