現在位置: 文化
葉嘉瑩氏を安心させた『中国詩詞大会』

文=楊華(大連大学日本語言文化学院教員) 葉言材(北九州市立大学中国学科教員)

 

中国古典詩詞の大家・葉嘉瑩氏 

中国中央テレビ(CCTV)の番組『中国詩詞大会』が放送されると、古典詩詞(ほぼ日本でいう漢詩を指すが、宋代に流行し始めた「詞」も含まれる)ブームが再び巻き起こり、そして盛り上がり続けている。どのようにして中国の古典詩詞文化を普及させるか? どのようにして伝統的な詩詞に対する若者の興味を養い、知らず知らずのうちに古典詩詞の魅力を感じさせるか? 中国古典詩詞の大家、葉嘉瑩氏も共に注目し考えた。彼女は独特な視点から、『中国詩詞大会』のやり方と日本の「百人一首」の遊びを専門的に比較した。東アジアの伝統詩歌の普及というレベルまで視点を拡大したこのような分析は、われわれに葉氏の大家らしい風格を感じさせる。   

おいの葉言材氏とのやり取りの中で、葉嘉瑩氏は『中国詩詞大会』に対して肯定的に評価し、これほど多くの人々が詩詞を好んでいることに喜びを感じたと述べている。今回は、楊華氏と葉言材氏が本誌のために書き下ろした文章を皆さんにお届けする。葉嘉瑩氏の正しく深い見識を知り、中国の古典詩詞の伝承と発展に対する葉氏の切実な希望を感じてほしい。

 

1月29日、CCTV科学教育チャンネルで放送を開始した『中国詩詞大会』第2シーズンは、国民全体から大いに注目され、大好評を得た。10日間にわたる激しい戦いを経て優勝を勝ち取ったのは、上海復旦付属中学校の16歳の才女、武亦姝さんだった。現在、物欲があふれるファストフードのような時代においては、全く栄養のない各種リアリティーショー系のバラエティー番組が画面に氾濫しており、人々は古典の詩詞文化から離れて、さまざまな名誉と利益を追求する中で徐々に初心をも忘れてしまったようだ。今回の『中国詩詞大会』の放送は、まるで真夏に胸に染み入るお茶のように、人々の心を洗い清め、心に深く埋もれた詩歌の思いを呼び起こし、人々の視界に古典詩詞の優雅な姿を返り咲かせた。

『中国詩詞大会』の試合会場 

『中国詩詞大会』の参加者たちは、社会のさまざまな業種の人々で、年齢層も幅広い。詩詞を愛する気持ちが彼らを一つの場所に集めたのだ。昔の人は、「詩言志,歌永言(詩は志を言い、歌は言を永くす)」と言った。代々の中国人に栄養を与え、心を豊かにし、情操を育んできたものは詩歌だ。大会参加者の一人、白茹雲さんが登場時に言った「千磨万撃還堅勁,任爾東西南北風(千磨万撃また堅勁、さもあらばあれ東西南北の風)」は、彼女の人生の態度をまさに描写している。古典詩詞は彼女に広い心と楽観的な性格を与え、度重なる苦難を経ても笑顔で人生に向かうように導いてくれた。中国古典詩詞大家の葉嘉瑩氏はかつてこのように語った。「中国の古典詩歌を学ぶ用途は、何かに感動でき、連想が豊かで、さらに大所高所からものを見る精神に富んだ諦めない心を呼び起こせるという点にあります」

『中国詩詞大会』第2シーズン決勝戦の様子。優勝した武亦姝さんが砂絵を見て詩を当てている 

テレビ番組『中国詩詞大会』は、よく作り込まれており、ゲーム感覚に富んでいて、鑑賞性が高く、広く人々に受け入れられた。このような楽しんで学ぶ方法は、葉嘉瑩氏も提唱しており、かつて折に触れて日本の「百人一首」に言及していた。葉氏は『古典詩歌における感動を呼び起こす特質と朗唱の伝統について』と題した論文(注1)で次のように書いている。「詩歌の朗読の教育と訓練といえば、日本の小中学校で行われる一種の遊びを連想します。この遊びの名前は『小倉百人一首』といって、略称は『百人一首』です」(注2)。「百人一首」は13世紀の鎌倉時代の歌人、藤原定家が和歌の中から念入りに選んで集めた、100人の歌人による100首の和歌だ。藤原定家はある人の求めに応じて、『古今和歌集』や『新古今和歌集』などの勅撰和歌集から、年代順に100人の優秀な歌人とその詩を選び、色紙にしたため、京都嵯峨野の別荘・小倉山荘のふすまに飾った。このことから、「百人一首」は「小倉百人一首」とも呼ばれる。100首の和歌の内容はさまざまで、恋の歌が43首、季節の歌が32首、旅の歌が4首、その他の歌が20首ある。これらの和歌は日本人の美意識の形成に深い影響を与え、今でも広く伝えられている。日本の古典文学を学ぶ足がかりとして、中学校の教科書にも載っている。

「百人一首」の札

「百人一首」が日本でこれほど長く伝わり、大きな影響を与えたのは、それ自体の文学的魅力に加えて、教育と娯楽が一体となった「百人一首かるた」という遊びの隆盛・伝承と切り離せない。江戸時代初期に、「百人一首」の和歌が紙の札に書かれ、正月に若者と子どもたちが最も好む遊びの一つとなり、現在まで伝わった。このかるた遊びは、和室の畳の上で行われる。札は2セットあり、1セット100枚。1セットは読み上げるためのもので、表面には作者の肖像と名前、それと和歌の「上の句」が印刷されている。もう1セットはかるた遊びに参加する人が取るもので、全て畳の上に広げられ、表面には和歌の「下の句」しか書かれていない。遊ぶ際には、読み手が上の句を読んだら、参加者は100枚の札から、上の句に対応する下の句を速く正確に探しだし、最後に最も多く札を取った人が勝ちとなる。百人一首のかるた遊びは、参加者が100首の和歌を熟知することを求められ、ある程度の和歌文化の知識を必要とし、さらに聴力や記憶力、反応の速さなども試されるため、面白くて難しい一種の知的な遊びだといえる。さらに重要なのは、遊びを通じて、人々の古典詩歌に対する興味を引き出し、知らず知らずのうちに古典文化の情趣と知恵を習得させるという点だ。

「百人一首」の遊び

毎年7月、全日本かるた協会は「全国高等学校小倉百人一首かるた選手権大会」を開催し、1月上旬(つまり日本の現行の暦法における「正月」)には、滋賀県大津市の近江神宮で男性部門の「名人戦」と女性部門の「クイーン戦」を開催し、日本放送協会(NHK)が衛星放送で生中継をする(2012年からはインターネット中継に変わった)。資料によると、「百人一首」の大会が「正月」に開催されるのは、19世紀末ころに始まり、早くは明治30~35年、『読売新聞』に連載された尾崎紅葉の小説『金色夜叉』に記述が見られる。生活に物と娯楽が少なかった時代において、「正月の大会」は未婚男女の出会いの場ともなっていた。

日本のある高校で開催された「百人一首」の大会

「百人一首」について、葉嘉瑩氏は次のように述べている。「…このような遊びは日本で今でも広く行われています。私はこれまで何人もの日本の友人に聞きましたが、皆、学生時代にこのような和歌を暗唱する遊びをしたことがあると言っていました。しかも、そのころ暗唱した歌は往々にして一生忘れることがありません。日本と比べると、このかつて詩を誇りとした古い歴史を持つわれわれ中国に対して、私は本当に恥ずかしい気持ちになります。私たちが年越しの祝日に行う室内の遊びは、マージャンやトランプ、サイコロ、今ではコンピューターゲームも加えるべきでしょうが、どれも日本の『百人一首』のように楽しみながら文化を学び、青少年が祖国の詩歌の伝統を学ぶ楽しみを養うのに足る遊びではありません」(注3)

葉嘉瑩氏は毎シーズンの『中国詩詞大会』に注目している

今回の『中国詩詞大会』のように競技において詩歌を学ぶ方法は、実際のところ、日本で今まで広く伝わっている「百人一首」かるた遊びと同工異曲の部分があり、葉氏の残念な気持ちを補ったといえる。『中国詩詞大会』は改めて古典詩詞に親しみ、中国の伝統文化を理解する情熱を中国人に呼び起こした。日本の「百人一首」かるた遊びは今まで400年以上の歴史がある。中国で国民が古典詩詞を学ぶブームをどのように持続させるかということは、われわれが考えるべき問題だ。『中国詩詞大会』の方法は、古典詩詞に触れる扉を開いてくれた。われわれはこれを教訓に、現在発達しているメディアやインターネットなどの手段を利用して、学生、同僚、家族、友人の間で詩詞の懸け橋を一つ一つ築き、古典を朗唱し、詩歌の背後にある物語を知り、昔の人々の知恵を学ぶことができる。古典文化を遠くから眺めて恐れをなすことをやめ、「飛入尋常百姓家(飛んで尋常 百姓の家に入る)」というように、確かに民衆の重要な精神の糧にすることが可能だ。

『中国詩詞大会』第2シーズンの試合の様子。絵を手掛かりに詩を当てる選手たち 

長年、葉嘉瑩氏は一貫して中国古典詩詞の教学と普及の仕事に力を注ぎ、中国の伝統文化のより良い伝承に精力と思慮の全てを尽くしてきた。早くも1998年、葉氏は国家指導者に書簡を送り、子どもたちが古典詩詞を朗読するように提唱し、さらに近年、『給孩子的古詩詞(子どもに贈る古詩詞)』という書籍を編集・出版し、子どもたちが古典詩詞に含まれる生命の力を感じ、子どもの心の品性を引き上げることにより中華民族全体の国民の素質が高まるようにと望んだ。葉氏は『中国詩詞大会』にも非常に注目しており、おいの葉言材(筆者)が同番組のリンクを送信したところ、彼女はすぐにメールを返信した。今回の『中国詩詞大会』の開催成功が全国民にとって古典詩詞に親しみ、文化修養を高めるきっかけになることを願って、葉嘉瑩氏のメールを本文の締めくくりとしたい。

言材へ

リンクを送ってくれてありがとう。番組を全てテレビで見ました。とてもよく出  

来ています。中国国内で、年齢も職業も異なるこれほど多くの人々が詩詞を愛好し 

ているとは思いませんでした。本当にうれしく、ほっとしました。

おばより(葉嘉瑩)

 

 

注1.『古典詩歌における感動を呼び起こす特質と朗唱の伝統について』(葉嘉瑩氏の『迦陵論詩叢稿』に収録、北京大学出版社、2008年)は、葉氏の詩を論じた数多くの論文のうちで極めて重要な1編であり、系統的に中国古典詩歌の美感の特質を論述している。中国語の文字はほかの国や民族の表音文字と異なっており、「単音独体」が中国語の文字の独特な特色で、このような特色から一つの要求が生まれた。それはつまり中国の詩歌の言葉にはリズムがなくてはならないということで、これによって中国にのみ朗唱が生まれたと葉氏は考えている。詩歌の朗唱は、昔の人々の詩歌に元からある韻律と自分が詩を読むときの感情を融合させ、自己の生命と詩人の生命を結び合わせて、詩歌の生命を継続させ、次々と起こってやまないところが主に重要な点だ。これこそ、中国詩歌の朗唱の妙である。

注2.葉嘉瑩『古典詩歌における感動を呼び起こす特質と朗唱の伝統について』58ページ

注3.葉嘉瑩『古典詩歌における感動を呼び起こす特質と朗唱の伝統について』58ページ

 

画像はインターネットから転載

 

人民中国インターネット 2017年2月22日

人民中国インタ-ネット版に掲載された記事・写真の無断転載を禁じます。 京ICP備14043293号
本社:中国北京西城区百万荘大街24号  TEL: (010)6831-3990  FAX: (010)6831-3850