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空前の大ヒット作『人民的名義』に見る中国社会

 

中国国際放送局日本語部コンテンツプランナー 向田和弘

 

  収賄疑惑のある副市長が、腐敗賄賂防止局員ら衆人環視の下で姿を消した影には、官僚の世界に深く根を張る巨悪が息を潜めていた———−

今、主旋律(党の指導方針に沿った題材)TVドラマ『人民的名義(人民の名の下に)』が異例とも言える空前の大ヒットを記録している。「反腐敗大型ドラマ」を枕詞にしたこの重々しくも珍しい「ポリティカル・エンタテインメント作品」は、現段階で既に50%の視聴率を獲得するモンスター作品に成長している。もちろん、出演者の人気も急上昇中だ。

この作品では、何人もの腐敗幹部を逮捕するという「痛快」なストーリー展開の他に、日々国内ニュースの紙面に踊る「省党委員会」「市党委員会」や、様々な政府機関の仕組みや横の繋がりを「演じて見せて」いることが、人気の元になっていると考えられる。現実には、こうした繋がりは中国の一般市民にも掴みきれない存在であり、謎な面が多い。そこを有名俳優らが役柄同士のやりとりを通じて見せてくれるのだから、市民が歓迎しないわけがない。

しかし、中国の人々に歓迎を受ける一方で、中国の人々すらわからないこうした構造は、日本で中国語をいくら勉強しても分かるものではないことも事実だ。だが、この作品のスゴイところは、そうして中国の政策や政治構造をドラマという形で観客に「解説」してくれ、我々外国人が中国の時事ニュースや現代社会を理解する為の大きなヒントを与えてくれるところにある。もちろん、ドラマとしても良質の作品であり、ストーリーの巧妙さは多くの中国の視聴者を引きつけて離さない(私も珍しく毎回張り付いて見ていた)。もし、このドラマに含まれる字面だけでない「意味」が分かれば、日本の視聴者もその面白さに引き込まれることだろう。そう考え、今回は、その意味を理解するためのヒントをまとめてみた。

 

まずは中国語学習の角度から、役職名を整理。

① そこから、登場人物の上下関係と中国の政治世界での等級地位を整理。

② さらに、台詞からも彼らの間の力関係を整理。 

こうした点を理解することで、中国のニュースや社会への理解度は抜群に高まることになるほか、このドラマが何倍も面白くなること請け合いだ。

では、人物紹介をしながら、その役職と関係を見ていこう。

 

登場人物1

沙瑞金(SHA,Ruijin 張豊毅)

 
▌役職 漢東省党委員会書記
▌等級 閣僚級
「書記」は中国ならではの役職であるが、本来は書記官という役職があるように、「秘書」を意味する単語だ。 しかし、中国共産党ではなぜ書記が偉いのか、日常業務を統括する責任者としての役目をもつからだ。その為、中国共産党では総書記や第一書記、国によっては書記長というタイトルが最高指導者を意味する肩書きとなる。その下には、第二書記、第三書記、常務書記、書記、候補書記、副書記と続く。では、なぜ書記なのか、というと、これは1921年に中国共産党が立ち上げられた際、当時のソ連の共産党指導部の「書記」を翻訳したことに始まる。これは、地位の最も低い「書記」というタイトルを用いることで、人々の為に仕事をし、官僚主義に陥らないという決意を示したものだ(※参考までに、日本共産党では委員長を使用している)。
なお、中国では、中国共産党中央委員会と共産主義青年団、中華全国総工会(労働組合)、全国婦女聯合会などの全国組織の全国委員会には必ず書記処が存在する。中国共産党と中国共産主義青年団の地方委員会には書記と副書記のポジションがある。
ドラマの中での「漢東省委」の呼称は、総称を「中国共産党漢東省委員会」といい、意味としては「漢東省クラスの共産党委員会」ということになる。
では、漢東省委書記の意味はどうか。これは、漢東省共産党委員会の責任者ということになる。これが分かれば、中国共産党中央委員会総書記の意味合いも自ずと分かることだろう。中国語では、中共中央总书记のように略して使われることも多い。
日本で言えば、都道府県知事のランクの上に、議会が載っているような形になり、書記は議長に当たるのだが、中国の書記は議会の議長よりも大きな権限を持っており、どちらかと言えば企業の代表権を持った会長と社長の関係に近いと言える。
ストーリー上、この沙書記は、中央から派遣されてきたばかりの「腐敗」対策の欽差大臣的役割をはたしており、全ての悪者退治の屋台骨となる存在だ。彼がこのドラマの勧善懲悪ストーリーの幹となり、様々な悪が暴かれていく。
この役を演じる張豊毅は、これまでも様々な映画やドラマに出演しており、中国では国民的俳優として人気を誇る。日本でも、『レッドクリフ』や『始皇帝暗殺』、『さらば我が愛』などでの活躍を記憶している人も多いのではないだろうか。
 
 

登場人物2

高育良(GAO,Yuliang 張志堅)

 

▌役職 漢東省党委員会副書記兼政法委員会書記

▌等級 次官級

見ての通りだが、書記に次ぐ位置であり、さらに政法委員会ではトップだ。

おそらく、ここで分からなくなるのは「政法」という概念ではないだろうか。中国では、政治論理と法論理の枠組みの下に、社会管理と司法業務に関わる領域を政法委員会が指導している。政法部門には、警察・公安・治安・司法・武装警察・軍事委員会の規律委員など、法執行に関わる全ての部門が統括されている。

つまり、高書記は、漢東省の省クラスの政法分野担当の副書記であることがわかる。そこから、今回のドラマにおける役回りのキーパーソンであることが見て取れる他、法執行権力の集中が今回のドラマのテーマであることが見て取れるのである。

もちろん、原作通りに話が進むようであれば、このドラマの最後には、この高書記があらゆる意味でのキーパーソンとなることが暴露されるという大どんでん返しが待っている(言うまでもなく、具体的にはドラマをご覧頂きたい)。

この張志堅氏に関しては、芸歴は長いものの、日本で知られる役柄は少なく、中国でも出演作はそれほど知られていない。だが、この作品で見せる重厚な演技は、その実力を知るには十分にすぎるものがある。

 

 

登場人物3

李逹康(LI,Dakang 呉剛)

 

▌役職 漢東省党委員会常務委員兼京州市党委員会書記

▌等級 次官級

李書記は漢東省の共産党委員会の常務委員であり、その下部にある行政単位である京州市の書記を勤めている。一般に市の書記は上部組織である省の委員を勤めていることが多く、マクロな視点が求められる役職となる。日本で言えば、県議会の副議長と知事が同一人物であるような構造で、会社であれば親会社の常務取締役兼子会社の代表取締役会長のような位置付けとなる。

市党委員会の書記は、党が行政を指導するという原則上、市長よりも上のクラスになり、市長を指導する立場にある(省であれば省長の上に書記がいる)。企業で言えば、取締役会が党指導部であり、市長はCEOか執行役員という立場になり、経営方針を実行に移す立場にある。もちろん、権力は絶大。しかし、李書記は極端に清廉潔白な剛腕キャラで、自分の妻でさえ検挙を許している。その正義の塊のような言動に、主役よりも人気が集まっている気配さえある。日本のドラマでいうならば、年恰好は違うものの、半沢直樹のような直進型正義キャラだ。ストレートに悪に対抗する半沢も中国で大人気だったことを考えると、日本も中国も同様に社会のストレスは相当なものと見ることもできるだろう。

また、そうした多くのファンは、インスタントメッセージアプリWeChatで、彼の表情をいじり倒した表情集を作って楽しんでもいる。何が流行るかわからないものだが、「書記」がこれほどに人気になったこともないので、非常に面白い現象だと考えられる。一部では、逹康(ダーカン)書記を.com(ダッカム)書記と茶化して呼ぶ者もいるほどに、親しみを持たれている。

また、呉剛氏と言えば、数年前の大ヒットドラマ『潜伏』にもメインキャラ陸橋山として登場しており、非常にヒットに恵まれた俳優であると言えるだろう。なお、劇中で逮捕される妻役を演じているのは、実際の生活でも妻君だそうだ。

 

 

登場人物4

季昌明(JI,Changming 李建義)

 

▌役職 漢東省人民検察院検事長

▌等級 次官級

季検事長は高書記、李書記と同様に次官級の官僚であり、市の幹部会では一定の発言権を持っており、陸毅(以下の登場人物6の侯亮平の出演者)同様に正義感を持った人物として描かれている。

陸毅と同じく上海戯劇学院の卒業で、芸歴も長く、声優までやってのける実力派。まさに燻し銀の演技で、落ち着きある、また時に陸毅の勢いにしてやられてしまう検事長を演じている。

 

 

登場人物5

祁同偉(QI,Tongwei 許亜軍)

 

▌役職 漢東省公安庁長官

▌等級 局長級

公安庁長官祁同偉の役職は一ランク下の局長級になる。陸毅演じる侯亮平と同じく高書記の学生として描かれており、中でも一番出世欲の強い存在として描かれている。省公安部門の責任者であり、漢東大学政法学部の同窓会長のような役目をするものの、同窓会派閥を作るなど、ダークな役回りだ。それもどんどんダークさが濃くなってくるという、味わい深い役柄でもある。

現実の生活では、なんと四婚というツワモノ。ドラマの役柄と重なる部分があるとでも言おうか・・・

 

 

登場人物6

侯亮平(HOU,Liangping 陸毅)

 

▌役職 漢東省人民検察院腐敗賄賂防止局長

        兼最高人民検察院腐敗賄賂防止局捜査課長

▌等級 審議官級

「腐敗賄賂防止局」は中国ならではの特殊な部局と言える。香港特別行政区には汚職捜査を専門とするCCACが独立した機関として昔から存在するが、中国政府のこの部局は検察院の一部局として設置されており、公務員の職務犯罪や贈収賄について捜査する部門だ。

侯亮平はこのドラマの中で二重の身分を演じている。一つは北京にある最高人民検察院で腐敗賄賂防止局捜査課長を務めるほか、次に紹介する陳海が交通事故を起こされ、昏睡状態に陥る中、北京から漢東に乗り込み、大ナタを振るう新任の腐敗賄賂防止局長役を務める。

役を演じる陸毅は、デビュー時から役に恵まれ、様々なドラマで主役を演じてきた。このドラマでも正義感に燃える主人公を演じている。

 

 

登場人物7

陳海(CHEN,Hai 黄俊鵬)

 

▌役職 漢東省人民検察院腐敗賄賂防止局局長

▌等級 審議官級

侯亮平の大学時代の同級生、そしてパートナーという役柄。この局長が交通事故に遭うところから、物語は深みに向けて展開していく。

解放軍芸術学院を卒業して以来、なぜか兵士役が多かったが、今回の役柄は今後のステップになることだろう。

 

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さて、こうしたイケメン官僚らの上下関係はどうなっているのだろう。役柄紹介でクラスを示しておいたが、ここで中国の官僚システムを少し紹介しておこう。

中国の公務員法の規定では、中国の官僚等級は国家級・省閣僚級・庁局級・県処級・郷科級に分かれ、そこからさらに正と副の合計10級に別れる。一般には、副省閣僚級以上の官僚は高級幹部と見なされる。そして、そこに展開されるヒエラルキー間の関係の複雑さは、国が大きいだけに日本の比ではない。官職等級は以下の表を参照されたい。

※ただ、ここで注意が必要なのは、見た目が同様に「市党委員会書記」であっても、その市のクラスや規模によって、同じ「市」でもポジションは全く違うという点だ。それが省クラスなのか、地方クラスなのか、県クラスなのかを見極める必要がある。直轄市のように省クラスなのか、杭州市のように省の管轄下にある地方クラスなのかで全く地位は違う。

 

中国国家幹部等級表

国家正職 

中国共産党中央委員会総書記

中央軍事委員会主席、全国政治協商会議主席

その他の中央政治局常務委員

国家副職 

中央政治局委員、中央政法委員会書記、国家副主席、

副総理、最高人民法院院長、最高人民検察院院長 

閣僚正職

省党委員会書記、自治区党委員会書記、直轄市党委員会書記

総局局長、委員会主任、国有銀行頭取など 

閣僚副職(次官) 

省党委員会副書記、自治区党委員会副書記

直轄市党委員会副書記、省人民代表大会常務委員

局長正職 

地級市(省級政府下の市と各自治州)党委員会書記 

局長副職(審議官)

地級市党委員会副書記、地級市党委員会常務委員 

課正職 

県及び県クラスの「市」の党委員会書記 

課副職

県及び県クラスの「市」の党委員会副書記 

係正職 

郷鎮(村)党委員会書記 

係副職

郷鎮(村)党委員会副書記と党委員会委員 

 

さて、ここまでお読み頂いたみなさんなら、登場人物の上下関係がすっかりわかってしまい、ドラマの奥行きも格段と深まったことだろう。とりあえず整理してみると、次のような関係になる。

 

 

次はセリフだが、このドラマでは例えば「書記を逮捕するには中央の許可が必要だ」「高書記からなんとか言ってもらってくれ」など、実際の司法の場面では腐敗賄賂防止局でも単独で判断できない場面(捜査対象が自らのクラスでは管轄できない地位である場合)や、事件が起こった際に交わされるであろう「してはいけない口利き」的やりとりが散りばめられている。そこからわかるのは、新華社や中央規律委員会のサイトに公表され、さらに時として日本のメディアでも報道される「腐敗分子」の検挙には、どのようなクラスが判断しているかというルールがあるということであり、これまで無事だった腐敗分子がどういう背景で無事だったかという点だ。こうした知識を持っていると、我々が日々読んでいるニュースは立体感を帯び、そうした検挙の意味と党の判断や決意が滲み出してくる。そして、この数年続けられてきた中央の腐敗取り締まりの浸透が如何に難しいものであるかが我々の脳裏に浮かんでくるのである。劇中の侯亮平局長がこの先結末までに出会うであろう困難は、日本の検察も出会ったことのないような規模のものであり、そこに我々は中国という国の難しさや現指導層の苦悩を知ることになるだろう。

この上下関係以外にも、大学時代の関係や先代の書記(国家副職に昇格しているという設定)が残した問題など、このドラマには入り組んだ人間関係が織り込まれ、かなり先に進むまでそのヒントが現れない構造になっており、それが何重にもオブラートに包まれた形になっていて、最後まで目が離せない。また、これらの人物にはほぼ全てに原型となる人物がいるので、それが誰なのかを想像する楽しみもある。まさに、1本で何度も美味しいドラマに仕上がっている。

私はドラマを見終わり、今では原作を読み始めているが、本稿を読まれたみなさんには是非先ずドラマに挑戦して頂きたいと思う。このドラマを見終わった頃には、中国社会への理解がこれ迄の何倍にも深まっていることはもちろん、何よりも、中国の一般市民の心の中にある中国社会の「あってほしい姿」が目の前に浮かび上がってくることだろうからだ。

 

(CRIに掲載された本文より抜粋)

 

 

人民中国インターネット版  2017年4月24日

 

 

 

 

 

 

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