上海
日本企業での性差別に嫌気がさし、中国へ渡る日本女性が増えている。自らの能力と苦労に負けない精神を武器に、中国で新たな事業や生活を切り開いているのだ。
成長を続ける中国の国際都市、上海で自分の能力を証明しようとやってきた日本人女性たちが、リスクや失敗をものともせず、日本で培った柔らかい態度と細やかな気配り、そして異国で鍛えたコミュニケーション力を駆使して輝いている。
「ずっとこのままじゃ嫌」――。大手電機メーカーに勤めていた長島芳恵さん(39)に、こうした考えが芽生えたのは9年前。何かと「女のくせに」と言われ、上司に評価されれば男性の同僚が嫉妬する。そんな長島さんは将来性のある中国で学ぼうと、上海留学に旅立った。
中国の語学学校に1年通った後、日系企業で働き、台湾系のコンサルタント会社に転職。社内でただ一人の日本人だったが、営業の第一線で活躍し、中国の政界・財界との人脈づくりという重責も担った。「こんな大役を任されるなんて、日本では絶対にあり得ない」。さらに自分を高めようと、日系企業に転職。約1年で秘書長に抜擢された。
記事によると、上海には長島さんのように日本国内の企業を離れ、ゼロからスタートした女性が多い。従来のしきたりに固執し、女性を戦力と見なさない多くの日本企業。不況下で激しくなる採用時の性差別。彼女たちをこの選択へと後押しする理由はいくつもある。大学時代から約10年間上海に暮らす野口佐代子さん(28)は「何人かで集まると、必ず理想を語る」と日本との違いを指摘する。
雲井美千子さん(29)は「何でもできる気がする」と言う。上海で数年働いた後に日本へ戻ったが「もう一度勝負したい」との思いから、日系企業の営業職として今年初めに再び上海へ来た。「出る杭を打つのではなく、学ぼうとする」社会の空気が、自分を成長させると感じている。
活躍しているケースが多いが、バスに1時間揺られて郊外の団地で営業をし、地元男性に混じって10元のランチを食べ、連日会社で深夜まで報告書を書くなど、非常に苛酷な勤務環境の日本女性もいる。月給は数万~20数万円と日本より低いが、雲井さんは「こうした経験が将来に生きると、みな楽しんでいる」と言う。
中国での起業を望む日本女性も多いが、リスクは大きい。現地のパートナー選びを誤ると痛い目に遭う。だが上海でブライダル会社を立ち上げた陰山奈央子さん(34)は「失うものは何もないのに、何を恐がることがあるの?」と、こうしたリスクを楽しんでいるようだ。「1年後どうなっているかわからない。そこが面白い」という。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2012年2月7日
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