ユネスコ(国連教育科学文化機関、本部パリ)は、現地時間9日夜、2015年度「世界記憶遺産」入選リストをオフィシャルサイト上で発表した。入選した計47件の中には、中国が申請した「南京大虐殺文書」も含まれていた。8年以上に及ぶ申請活動を経て、「南京大虐殺文書」はようやくユネスコ「世界記憶遺産」入りを果たした。これは、中国侵略日本軍が行った南京大虐殺という悲惨極まりない事件の歴史的記憶が、南京という都市の記憶、中国という国家の記憶を経て、世界の記憶に昇華したことを示している。
〇「世界遺産申請」の経緯:2008年、ユネスコ文化局局長の女性が申請
侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館の館長を務める朱成山研究員によると、「南京大虐殺文書」の世界記憶遺産申請への道のりは、2008年から2015年10月までの8年間に及んだという。
最初に「世界記録遺産」への申請を提案したのは、当時ユネスコ文化局の局長を務めていたCarmen Palladino氏で、2008年のことだった。
2008年8月、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館を見学した彼女は、米国人のジョン・マギー牧師が撮影で使用した16ミリフィルム用ビデオカメラや現場で撮影された南京大虐殺に関する録音・録画資料を見学して、「南京大虐殺文書」を世界記憶遺産に登録し、保護すべきだと感じた。
2009年1月、朱成山研究員と9人の南京市人民代表大会代表は、南京市第十四期人民代表大会に第0255号提案書を連名で提出、「南京大虐殺に関する文書」の世界記憶遺産への登録申請を提案した。この提案は、同年の市人民代表大会における十大重点提案の一つに組み入れられた。
同年4月、関係者の努力と協議によって、紀念館、中国第二歴史檔案(公文書)館、南京市檔案館の3機関(略称:南京三館)は、中国記憶遺産への登録を共同で申請することを決定し、世界遺産申請への最初の一歩が踏み出された。
2010年2月、「侵華日軍南京大虐殺に関する文書(5組)」は、国内での審査認可を経て、「中国文書文献遺産名簿」入りを果たした。
2012年7月、南京市は「南京大虐殺史文書の世界記憶遺産申請作業指導チーム」を立ち上げ、世界遺産申請作業を正式にスタートさせた。
2014年3月、国家檔案局は、「南京大虐殺文書」および「慰安婦文書」のユネスコ世界記憶遺産への登録申請を行う決定を下した。申請作業チームには、中央檔案館、遼寧省檔案館、吉林省檔案館、上海市檔案館などが加わり、計11組に拡大した。
2014年3月、中国記憶遺産委員会は、ユネスコ世界記憶諮問委員会に対し、関係する11組の南京大虐殺文書を提出、世界記憶遺産への登録を申請した。
2015年10月、ユネスコは「南京大虐殺文書」を世界記憶遺産名簿に登録することを発表した。(編集KM)
「人民網日本語版」2015年10月13日
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