昔ながらの暮らしが生きる北京の横町「胡同」(フートン)で、外人さんとすれ違うことが多くなった。古くは13世紀に作られたというこの街並みには伝統家屋の「四合院」が軒を連ねる。中庭を囲んで四方に建物が配されるのでそう呼ばれている。最近はしゃれたレストランに改装された四合院や胡同ツアーが人気なのだが、すれ違う外人さんは観光客だけでもないらしい。どうやら四合院の住民が増えているようなのだ。カナダ人のフランス語教師、マリーさんもその1人。「初めて胡同を歩いた時に、恋に落ちてしまったの。これこそが北京の暮らし。一目で、ここに住みたいと思った」
市内東部の四合院の一角を友人とともに借りている。重厚な瓦屋根の玄関をぬけて迷路のような家屋の間を行くと、マリーさんの家につく。典型的な平屋で、レンガ造りの2LK。小さな庭もついている。「外の喧騒が嘘のような静けさでしょう? ここには昔ながらのゆったりとした時間と空間がある」。憧れの四合院で北京ライフを満喫している。
コミュニティーの大切さを説くのはイギリス人のドミニクさんだ。妻と2人の小さな娘がいる。四合院の敷地には、ほかにも中国の4家族が暮らしているが「チームワークは抜群ですよ。メイドさんがいない時、お隣に娘を預けて出かけることもあるんです」。

北京の冬に暖房設備はかかせない。アパートだったらスチームがあるが、古い家屋は練炭暖房であることが多い。のべ床面積200平米と広いドミニクさんの家は、冬に1日50個の練炭を使う。練炭費用がふつうの家の数倍はかかる。「そんな時、お隣同士でまとめ買いをするんです。練炭が割安になって助かりますよ」。アパートにはなかったという温かなコミュニティーに溶けこんでいる。
翻訳家でフリーライターの多田麻美さんは胡同の史跡を訪ね歩くのが好きだ。「胡同の一部は保護指定されていますが、再開発で取り壊された所も多い。今のうちに記録しておきたいのです」
大学時代は京都の町家に住んでいた。古い家屋に魅了され、北京でも四合院の一角に暮らす。改装されていないので、雨漏りしたり、トイレは屋外の共同を使ったりと不便なこともあるが、それも「文化の体験」と受け入れている。
「古都であり、首都でもある北京は、日本でいえば、京都と東京が一緒になったような所。これからも歴史の厚みを感じていたい」。胡同の魅力を伝える作品を書くのが夢だ。
外国人が専用マンションだけでなく、一般住宅に入居できるようになったのはここ数年のこと。2004年からは外国人でも四合院の購入が可能になった。中国では土地は国のものなので、購入できるのは主に契約年限つきの「使用権」だが、完全な四合院なら1億円を下らない億ションになる。「それでも人気が高いので、価格はうなぎ登りですよ」と不動産関係者。市当局も「文化財保護の参加者」として、外国人の四合院購入を歓迎している。
借家であれ、持ち家であれ、外人さんが四合院に集まりだした。北京のグローバル化は、横町にまで進んでいる。(『物語北京』(五洲伝播出版社)より)
 |
小林さゆり (こばやし・さゆり)
フリーランスライター、翻訳者。長野県生まれ。大学卒業後、日中友好協会全国本部(東京・神田、現在は社団法人)に勤務し、機関紙『日本と中国』の編集を担当。2000年9月から5年間、中国国営の『人民中国』雑誌社に日本人文教専家として勤めたのち、フリーランスに。北京を拠点に、中国の社会や文化、暮らしなどについて、日本の各種メディアに執筆している。著書に『物語北京』(五洲伝播出版社)。 |
人民中国インターネット版 2009年2月18日