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外国小説賞に輝いた大江健三郎 その人と作品

中国社会科学院外国文学研究所教授  許金龍=文 李聯朝=写真

大江健三郎プロフィール 1935年生まれ。愛媛県出身。大学在学中に『奇妙な仕事』を発表し注目される。1958年、『飼育』で第39回芥川賞を受賞。1994年ノーベル文学賞受賞。

今年1月初め、ノーベル文学賞作家・大江健三郎氏の最新長編小説『﨟たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』(中国語訳『優美的安娜貝尔・李 寒徹顫栗早逝去』)が、日本の文学作品として初めて中国の外国小説賞を受賞した。今年7回目となるこの賞は、2008年度のノーベル文学賞を受賞したクレジオ氏(仏)も、過去に受賞している。

しかし、なぜ、今、大江氏の受賞なのか――大江作品の翻訳者であり研究者でもある許金龍教授に、ここ数年静かに沸き起こっている大江健三郎ブームの背景や、中国の翻訳出版事情、読者の反応など、さまざまな視点から、中国における大江文学の現状を語ってもらった。

大江健三郎氏が受賞した外国小説賞とは、2002年に設立された「21世紀年度最優秀外国小説賞」で、人民文学出版社と中国外国文学学会、および同学会に所属する各言語の文学研究会が共同で審査を行い、毎年8作品程度が選ばれている。

「21世紀年度最優秀外国小説賞」は「世界各国で初出版された長編小説のなかで、濃厚な社会性や歴史感、文化を内包し、人類の進歩にとって有益であること。そして突出した芸術性や独特の美学の追求を体現し、一定の範囲内にすでに比較的大きな影響を及ぼしている作品」という審査基準のもと選ばれます。審査の流れは、まず各言語の専門家が条件に合う作品を推薦し、各言語文学研究会の専門家からなる選考委員会に渡され、そこで一回目の審査が行われます。その審査をクリアした作品は、次に中国外国文学学会が選出した専門家によって最終的な審査が行われ、毎年多くて8本の作品が受賞となります。

受賞作品は、人民文学出版社によって「21世紀年度最優秀外国小説」叢書に組み込まれて出版されます。2002年に賞が設立されて以来、現在までに二十数カ国の50あまりの作品が受賞しています。

「21世紀年度最優秀外国小説賞」授与式。左より、莫言、アレックス・ミラー(豪)、ラッセル・ジョーンズ(英)、大江、鉄凝の各氏

特に2006年に同賞を受賞したフランスの作家ジャン・マリ・ギュスターブ・ル・クレジオ氏が、2008年にノーベル文学賞を受賞したことで、中国国内でも高い注目を集めるようになりました。

大江氏の受賞は、日本文学作品としては初めて、またアジア文学としても初の受賞になります。日本文学の研究者、そして受賞作品の翻訳者として、まことに喜ばしい限りです。

大江氏の初期作品では、底無しの絶望の中でしきりにあがき、希望を探し求める主人公の姿が多く描かれている。しかし新作『﨟たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ(以下、﨟たしアナベル・リイと略)』(中国語版)の前書きで大江氏本人が「思いがけないような特質が現れているのを自覚します」と述べているように、新作は過去に発表された作品と大きく異なる点があると、許教授は指摘する。  

大江氏の過去の作品と比べると、『﨟たしアナベル・リイ』には、明らかに「思いがけないような特質」が確実に現れています。それはつまり「希望」と「光明」です。大江氏はこの新作の中で、私たちに希望と光明を伝えることを試みていると考えています。どんな絶望の境地にあっても、主人公は誠実に努力をして「希望」と「光明」を探し求め、そして探し当てています。

『﨟たしアナベル・リイ』の書名は、米国の詩人エドガー・アラン・ポーが書いた『アナベル・リー』の詩の日夏耿之介の訳から取られており、その詩では、天使たちが恋愛中の純潔で美しい少女に嫉妬し、雲から木枯らしを夜通し吹かせ、凍え死にさせてしまいます。

大江氏はこの新著の中にも、アナベル・リイと同様の美しい少女を登場させています。彼女は「永遠の処女」と言われるヒロインの「サクラ」です。第二次世界大戦で幼くして孤児となったサクラは、占領軍の米国人将校に引き取られ、子役スターからハリウッドで活躍する国際的な女優へと成長します。そのサクラと小説家「私」、大学時代の友人である映画プロデューサー木守で、小説「ミヒャエル・コールハースの運命」を、「私」の故郷四国で実際に起きた百姓一揆に置き換えた映画を撮ろうという話が持ち上がります。映画制作を通して性的トラウマを抱えたサクラが、森の中の女たちの協力で絶望の中から希望を見出し、人間としての「生」を回復していく姿が描かれています。最後はくだりはこうです。

中国社会科学院日本研究所で行われた大江氏を囲んでの座談会

「ビィデオ•カメラは、紅葉の色濃く照り映える林に囲まれた、女たちの群集に分け入る。サクラさんの嘆きと怒りの『口説き』は高まって、囃しに呼応する人々は波をなして揺れる。その声と動きの頂点で、沈黙と静止が来る。『小さなアリア』がしっかりそこを満たすなかに、サクラさんの叫び声が起こり、音のないコダマとして、スクリーンに星が輝く……」 (出典:『﨟たしアナベル・リイ』218頁、新潮社、2007年刊)

 私は、作品の結びの言葉「星が輝く」が、キーポイントになっていると考えます。この言葉は、『神曲』の「地獄編」「煉獄編」および「天国編」との各巻の最後の末節stella (星)という言葉を連想させます。『神曲』の中国語翻訳者、田徳望教授は、こう解説しています。

「地獄とは、苦痛と絶望の境界であって、色彩は暗く、濃淡は不均等である。煉獄は平穏と希望の境界であり、柔らかですがすがしい色彩である。天国は幸福と喜びの境界であり、輝かしい色彩である」(出典:『神曲』「地獄編」21頁、人民文学出版社、2002年刊)

このことから、サクラは絶望の中にありながらも希望を抱き続け、倦まずたゆまず努力し、ついには四国の森の女たちに助けられ、星がきらめく至福の天国にたどり着いたと言えるでしょう。言い換えれば、大江氏とヒロインのサクラは、ともに魯迅の「窓がひとつもなく、壊すことも絶対にできない」絶望的な「鉄の部屋」を壊すことが可能だと確信し、そして「希望は抹殺できない」と確信しました。

大江氏がこの小説を書かれる数カ月前の2006年9月、北京の中国社会科学院での講演会で次のような魯迅の文を引用されたことがあります。

「希望は生存に付属するものであって、生存があれば希望があり、希望があれば光明があります。―中略―私たちが暗黒のお伴をすることなく、光明のために滅亡するのであれば、私たちにはかならず悠久の将来があり、光明の将来があります。」(出典:『大江健三郎文学研究』9頁、百花文芸出版社、2008年刊)

私はこの部分が、大江氏の語る「思いがけないような特質が現れている」を指しているかと思います。

 

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