平耕一=文 華録百納=写真提供
TVドラマ『蒼穹の昴』(中国語タイトル『蒼穹之昴』)が、中国国内でも3月14日から北京衛星テレビチャンネル(BTV北京)で全国的に放送が開始された。3月7日にはそれに先駆けて、大規模な記者会見と宣伝番組の収録が、北京市内の中国大飯店と北京テレビ局新社屋で行われ、西太后役の田中裕子さんを始め、日本側関係者の一部もこれらの活動に参加した。
|
TVドラマ『蒼穹の昴』の中の1シーン。右から、後列1番目が春児役の余少群さん、前列1番目が隆裕皇后役の桑桑さん、2番目が西太后役の田中裕子さん、3番目が光緒帝役の張博さん、4番目が珍妃役の張檬さん |
実は、筆者は同作品の日本側助監督兼演出通訳として制作全般に参加した。その最大の任務は、西太后役の田中裕子さんと汪俊監督を始めとする中国側メインスタッフ、メインキャストの方々との間の異言語・異文化コミュニケーションの円滑化を図るというもので、2009年4月中旬から7月末までの計百日を超える撮影期間中、撮影現場のど真ん中で、「苦あり、楽あり」の忘れがたい日々を送った。
格好をつけた表現をするなら、筆者は、女優・田中裕子さんにとっては、画面に映ることのない“春児”(注一)であり、TVドラマ『蒼穹の昴』にとっては、“岡圭之介”(注二)的であったと密かに自負している。
また、筆者は同作品以外に、これまでいくつもの日中共同制作の映画やTVドラマにスタッフとして参加した経歴を持っている。そんな経験・経歴を踏まえて、筆者は言いたいことがある。それは「TVドラマ『蒼穹の昴』は21世紀の日中交流の“昴”だ」ということである。
この作品にはこれまでにないそれだけの画期的な要素がある。
先ずは、やはり原作である小説『蒼穹の昴』だろう。浅田次郎さんのこの小説は日本ではあまりにも有名なので、今さらあれこれ説明する必要もないだろう。ただ少なくとも、ここで強調しておきたいのは、同小説は「日本人作家が描いた中国清朝末期の物語」だという点だ。
第二は、日中両国の制作プロダクションによる純粋な民間レベルでの国際共同制作体制にある。日本側はアジア・コンテンツ・センター(ACC)、中国側は北京華録百納影視有限公司(華録百納)が真の意味での相互信頼の精神に則って、全く対等な関係で共同制作事業を実現・運営したことは、今後の日中民間交流のためにも深く銘記する必要があると思う。
第三は、スタッフィング、キャスティングからスケジュール・予算管理まで、プロダクション業務全般を基本的に全て中国側が担当したことだ。事実、脚本の楊海薇さんや汪俊監督を始め、スタッフは中国の方々がほとんどだ。とりわけ、題材と背景が清朝末期のものとはいえ、日本人作家の原作を中国人の脚本と演出でTVドラマ化した事実は特筆に価する。
第四は、田中裕子さんという日中両国で知名度が高い日本人女優が西太后という極めて有名な中国の歴史的人物を演じたことだ。これは第二の要素を軸に、第一、第三の要素とそれぞれ「鏡の表と裏」のような関係にあるのも興味深い。
そして、最後に大事なことは、このTVドラマが日中両国での全国放送を実現したことだ。しかも、両国で放送されるバージョンにはそれほど大きな違いがないことも留意しておきたい。
こう見ると、すべてが順風満帆のようだが、その過程には当然両者間で衝突や問題があったのも事実だ。
その最たるものは、シナリオ化の過程にあるだろう。ベストセラー小説『蒼穹の昴』の世界観、テーマ、登場人物たちとそのキャラクターや人物関係を基本的に維持することは絶対の前提条件だ。その上で、日中両国での放送を当初から目指している以上、双方の視聴者の視聴習慣や好みなどを念頭に入れつつ、さらに両国のお国柄の違いにも配慮せざるを得ない。すると、どうしても取捨選択・描写の増減を迫られる登場人物やエピソードが出てきてしまう。その結果、TVドラマ版では、原作にない人物関係やエピソードが盛り込まれたり、逆に原作で重要な役割を果たしている登場人物が描かれていなかったりとなるわけだ。これを「妥協」とするか否かは、視聴者の皆さんに判断を委ねるしかないが、少なくとも、筆者は最後まで「良いものを創る」ことを目指し、限界まで奮闘された楊さん、汪監督、そして日中のプロデューサーの誠意と情熱に敬意を表したいと思う。
また、中国国内では、田中裕子さんが西太后を演じることについて、疑問視された部分もあるようだ。その原因は、「日本人女優に果たして有名な中国の歴史的人物を演じることができるのか?」「“あのおしん”の田中裕子に“あの西太后”が演じられるのか?」「言葉の問題はどうするのか?」など諸々あるだろう。それでも、田中裕子版西太后は「必見の価値あり」の独特の成功を収めていると思う。その成功の最大の要因の一つとして、田中さんが春児役の余少群さんや光緒帝役の張博さん、ミセス・チャン役の殷桃さんなど中国側の素晴らしい共演者たちに恵まれたことが挙げられる。
その証拠に、筆者は撮影現場で何度か不思議な体験をした。それは「演技を通じた魂の交感」ともいえる奇跡的な芝居を目撃した、涙が出るほど幸せな瞬間に立ち会えたことだ。同作品は当初からアフレコ作品と決まっていたこともあり、西太后は日本語で、春児、文秀、光緒帝、ミセス・チャン、李蓮英、栄禄たちは中国語で台詞を交わした。クランク・イン当初は、台詞のやり取りさえ困難を極めた。それが撮影の進行とともに、筆者の「Qダシ(合図)」なしで、両者が自然に台詞を交わせるようになり、さらには本当にいくつか大切なシーンだけだが、西太后と春児の間で、西太后と光緒帝の間で、西太后とミセス・チャンの間で、万感の想いが交感されているのが身体感覚的に感じられる、異言語・異文化間の俳優同士の交響楽的芝居が織りなされていた。
できることなら、日本と中国の少しでも多くの方々にTVドラマ『蒼穹の昴』を観てほしい。そしてドラマを観た一人一人とこの作品の間に、響き合うような関係が生まれてほしいと願っている。
TVドラマ『蒼穹の昴』が、それに触れた全ての人たち共有の分ち難い“龍玉”になれば良いなと思う。それはきっとすごく素敵で、幸せなことだ。
注一 同ドラマの主人公の一人。幼い頃、重病の母を助けるため、自ら去勢して宦官となる。宮廷入り後、京劇役者としての才能を認められ、西太后の側に仕えるようになる。誰に対しても常に真心と純真さで接し、西太后にも誠心誠意をつくす。
注二 同ドラマの主要登場人物の一人。北京駐在の日本人新聞記者。激動の清国の末期的動向を優秀なジャーナリストとして観察しながらも、心から“中華の国”の人々の行く末を案じ、幸せを願っている。
人民中国インターネット版 2010年3月31日
|