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「わたしの目に映る中国」 一衣帯水 - You縁Me -

                              

石丸大輝

 中国はどんな感じでしたか――同窓会の場でそう聞かれると、私と同様に北京に留学していた友人がすぐさまこう答えた。空気がひどい、来てすぐ喉が痛くなって……、と。やっぱりそうなのだと頷く周囲。そこで私は思わず「でも雨あがりの晴天を見ると、その分すごく気持ちいいし、それに一説では、きちんとマスクをしていれば1日たばこ1本程度の害で済むみたいだから、日本の報道も大袈裟なところはあると思うよ」と述べた。そのとき、いつもは楽しく話を聞いてくれる友人の眼からさっと輝きが失われたような気がした。無関心をふと思わせるあの眼差しが今でも心に突き刺さる。人間というのは耳に入れたい情報だけを好んで聞きたがるものだというのはこのことかと実感させられた。

 多くの人の眼に映る中国というのは、メディアによるイメージが強い気がする。少し前ならば、路上を大量の自転車が走っている光景であり、最近だと大気汚染に始まり、日本への抗議活動、鳥インフルエンザ、食の安全問題などネガティブな印象が支配的であろう。もちろんこれらの印象は間違ってはいない。実際私も最初は中国に対して良い印象を抱いてはいなかった。中国に留学したのも、東アジア諸国が集まる国際会議に参加した際、流暢な英語で意見を積極的に述べる中国人にライバル意識を燃やしたのがきっかけだったにすぎず、留学開始当初は中国語で意思疎通ができなくて、大学事務室の初老の先生に「バカ野郎」とまで罵られ、ホームレスにされかけたこともあった。このようなトラブルに見舞われ、私は憤慨すると同時に危機感も抱き、寝る間も惜しんで中国語の勉強に励むようになった。中国に素直に好意など持つ余裕もなかった。しかし、そんな私を大きく変える出来事が起きた。

 日本への抗議活動が最も盛んだった2012年の国慶節のことだった。天安門で行われる国旗掲揚式を見るために、私は先輩と前日から徹夜で並んで待っていた。後ろには中国の国旗を振っている中国人学生団がいて、先輩とお喋りし始めた。私たちが外国人だと分かると「どこから来たの」と聞いてきたので、私は躊躇していたが、先輩は「私たちは日本人です」と先に答えてしまったのだ。私は一瞬びくりとしたものの、相手は顔色一つ変えずに会話を続けている。そしてしばらくして彼らは私たちにこう言った。「政府は政府。一般人は一般人。私たちの友好は絶やされてはならない」と。そうして夜更けの寒さに凍える私にコートまで貸してくれたのだ。コートに包まれた私に夜明けの光がさし、心の底からぬっくりと温まっていった。あの感動は今でも忘れられない。彼らからもらった中国国旗は、留学生活の最後まで、私の机の上にずっと飾られ続けた。

 それから私はより前向きに行動するようになった。食堂に出かけ、相席になった人に積極的に「私は日本から来た留学生です」と話しかけては、中国語のトレーニングに付き合ってもらった。これからは中国人のことを信頼できる、そんな気持ちをもつようになっていた。

 私が信頼を示すことで相手も信頼を示すようになるというのは、これまた道理であるのかもしれない。もともと人と接するのに垣根を作らず、すぐ懐に入り込む性格であった私は、中国人の友人とも同様の付き合いができるようになっていた。ある日、仲良くしていた友人が実家に招待してくれて、家族旅行にまで同行させてもらった際、花火を見ながら、日中関係の過去と未来について語り合った。普段おとなしい彼女からは決して考えられないほど、赤裸々に話してくれた。また別の友人は、一人っ子政策が厳しいなか第二子として生まれ、両親が罰金を払うまでの間、ずっと祖父母のもとでこっそりと育てられてきたために、いまだに両親と心から触れ合うことができないと悩みを打ち明けてくれた。このような友人たちと出会うことができ、ここまで深い関係が築けたのも、全てポジティヴな気持ちで接してきたことの積み重ねのおかげなのかもしれない。

 中国はどんな感じでしたか――この質問は非常に難しい。今の私なら、「多様性」に気付かせてくれた場所であったというだろう。多くの少数民族を有し、料理のバリエーションも豊かで、言葉や経済水準、身体的特徴、習慣も地域で大きく異なる。つまり、様々な側面があるのである。もちろん大気汚染が深刻なのも事実である一方、黄龍やチベット高原など世界有数の自然美を誇る場所があるのも事実。官吏の汚職が問題視されているのも事実である一方、政治的決断力の強さが経済発展を牽引しているのも事実。この多様性というものはどの国も多かれ少なかれ持っているものである。

 では、この多様性のなかで、私たちは何を見て、何をしていくべきなのか。私は一民間人として、なるべくポジティヴな側面に目を向けて、お互いに信頼しあえるような関係を築くことが必要だと思う。そう考えた私は、東京大学と協力して中国学生交流ツアーを企画したこともあり、そのツアーの訪問先であった在中国日本大使館で、木寺昌人大使の「隣国は選べない」という言葉が心を打ったことを覚えている。日中両国が一衣帯水の隣国であるのも縁であり、この縁をどう生かすかは自分次第であるということだと私は理解している。日中国交回復の立役者、大平正芳氏は「21世紀荒波が必ず来る、相互信頼の心を失わないでほしい」と言っていたそうだが、まさに日中の政治関係が未だ膠着状態にある今こそ、民間人である私たちは、中国に対するネガティブな印象一色に染まってしまうことなく、一衣帯水の縁に感謝し、お互いを信頼しあえるような関係を築くべきではないだろうか。中国に限らず、どの国にも善い人と悪い人がいるわけであり、その多様性を受容し、ポジティヴな態度で接することに徹していれば、日中友好の架け橋は自ずと浮かび上がってくると私は信じている。

 

人民中国インターネット版 2014年12月

 

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