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私にとっての中国 ~信じて古を好む

 

倉澤正樹

「中国や中国人に対する思い」を語ろうとして、私は率直に言ってためらいがある、ということを冒頭で述べさせていただきたい。思うに、「中国」や「中国人」が「ある」と思った時点で、既に「中国」や「中国人」を捉え損なっているのではないか。これは禅問答であり、禅問答ではない。

私の印象に残っている中国映画の一つに、陳凱歌の「黄色い大地」がある。これを「プロパガンダ」と見たら、もはや既に忽然として本質を見失っている。第一、これだけの名作に対して無粋であり、失礼であろう。そこに人がいて、素晴らしい文化がある。なのに、自分の掛けている色眼鏡を通した風景こそが正しいとする。そのような人は、いつまでも本物の人や物に触れることはできまい。

冒頭でかくも長々述べざるを得なかったのは、日本の巷間で流れている「中国」や「中国人」というイメージに、私の心が疲れていたからだ。私は本物を掴みたい……。

元来、「中国」はあらゆる面で多様性に溢れている。民族的・言語的・文化的・経済的・人間的……。私はこれまで、北京と上海しか訪れたことがない。私が知る「中国」は、まさに点でしかない。

北京で6人部屋に泊まった時、広西出身で北京にはるばる旅行に来ていたチュアン(壮)族の大学生2人と話した。列車での片道は、ほぼ24時間かかったという。そして、北京の物価の高さに驚いていた。地元の物価の5倍近いという。彼は真っ直ぐな眼で、気さくに見知らぬ「日本人」である私に話しかけてくれた好青年であった。そして、彼と私の会話の間に、「日本人」も「中国人」も無かったように思う。彼はただ良心的な一青年、というだけである。

ブラウン管を通し、自分の外側のものとして「中国」・「中国人」を見るから、おかしなことになる。実際に行って笑顔で話し合い、食事をし、自分の考えを真剣に語り合えば、もう「中国」・「中国人」などという意識を、既に忘れている自分に気づく。こういう体験がたまらない。

私は中国思想を専攻する大学院生である。中国古典を読むのは、私にとって決して簡単なことではない。しかし、「信」があれば、挑戦し続けることはできる。私は中学生の時、『史記』を読んだ。司馬遷・伍子胥・屈原……古にはすごい人がたくさんいる。彼らは自分から私のもとに降りてくることはないが、私が彼らを尋ねれば、温かく迎えてくれる、という「信」が私にはある。彼らは生易しい先生ではない。心から尊敬し、頭を深く下げ、省みて己の卑小さを思い、彼らに近づかんとして発奮するのである。かくして、彼らは現世の誰とも比較不可能な無二の師となる。

古典は過去の遺物に過ぎないのだろうか。安易に古典を現代社会と直結させる態度は、古典に対する真摯な理解を追究する上で、厳に慎むべきと思う。一方で、やはり漢字文化圏の古典の共有は、今日の日中関係を考える上で重要な遺産ではないだろうか(ここには韓国も含まれる)。思うに、ある国に対して古今を問わず、たとえ一人でも心から尊敬し交わりたい人物を、己の心の中に持つことができれば、その国を軽んずる心は抑制されるのではないか。「国」は外から見たとき、一緒くたに塗りつぶすことで生じる概念であるとすれば、その中に一点でも、畏敬すべき古典の光を灯すことができれば、と私は古典の可能性を信じ…たい。長期的になされる、目に見えない形での文化交流の伝統の蓄積の可能性を。

「信而好古」という言葉は、中国の人との交流で感じたことが多い。人民大学を訪れた時のこと。ある学生に対し、私が明末の李贄の思想を専門に研究していると自己紹介したところ、翌日彼女は李贄の『焚書』を持って来て、私に示してくれた。満足に語ることはできなかったが、不思議なことに、私は大変に歓迎されたような気がした。別の学生は私の専門を聞き、別れに際して銭穆の『国史概論』を送ってくれた。全ページに渡って詳細に読み込まれた痕跡が残っている。ありがたかった。また、北京の友人と北海公園の湖を散歩していると、彼女はすらすらと白居易や蘇軾の西湖にまつわる詩を暗誦し、柳と蓮と湖の風景の見方を教えてくれた。言われるまで、湖がなぜかくも中国の人々の嘆賞の対象となり、いくつも造園されてきたか、など全く考えなかった。古の詩を学ぶことで、世界の見え方がより繊細になり、文化伝統の蓄積の謎を解き明かしてくれる。

一人、中国の古典を読むことは、基本的に孤独で、誰のためにも何のためにもならない営為だと思ってきた。日本社会に身を置く限りは、基本的にそうであろう。しかし、中国社会に身を置けば、古典を読むことが人との出会いにつながる。そんな出会いに触れると、自分の生きてきた道は間違ってなかった、と嘆ずることがある。更なる出会いのために、私は「生乎今之世,反古之道」という道を、信じて歩み続けたい。

 

人民中国インターネット版 2014年12月

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