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上海——思い出の匂い

 

山根芽依

「あっ上海の匂い」。辺りを見回すとプラタナスの樹がある。私にとって中国というと真っ先に思い起こされるのがこの匂いだ。

私は父の転勤で、小学生の3年間、上海に住んでいた。上海の街中いたる所でこの匂いを嗅いでいた。日本に帰ってからも、時々この匂いを嗅ぐことがあると決まって上海を思い出す。

上海にはいろいろな「匂い」があった。それは単に鼻から嗅ぐ匂いというだけではなく、様々な風景が持つ匂い。つまり私の思い出である。楽しいもの、驚くもの、悪いものが混ざり合う3つの「匂い」――庶民の暮らしの匂い、水の匂い、そして食べ物の匂い。これらを思い出しながら、上海を通してこれからの中国と日本を考えてみたいと思う。

テレビに映る上海は、高いビルが立ち並ぶ都会のようだが、その一角には、窓から長い竿に洗濯物をぶら下げた庶民の暮らしが渾然一体となって存在している。しかしその庶民の暮らしの中には、裕福ではなくても大声で笑いあう人々の匂い、今の日本では失われてしまったゆったりした時間の流れがあった。そして換気扇から吐き出される香辛料の匂い。ネズミが走る路地裏の湿った水の匂い。水の匂いと言えば、普段私たちが使っていた水道から出る水も、匂いと色がある強烈なものだった。住んでみてまず驚いたことだ。日本で水道水といえば、飲めて、そのまま使えるのが当たり前だったから最後まで慣れることは出来なかった。これだけ経済が発展している国なのだから、水道水を何とかできないのかと今でも思う。

中国は今、世界第2位の経済大国になっている。その中で上海は当時の小学生の私から見ても、光と影、富と貧が同居している町だった。超高層マンションに住み、高級外車に運転手付きで乗り、身なりも洗練された中国人。一方で、湯気の立ち上る蒸籠で焼売を売っている人。重たそうな毛皮を肩に担いで歩き売るウイグル族の人。後者は人懐こい笑顔で話しかけてくれる人たちだったのだが、身なりからするととても質素な暮らしをしているようであった。地方から出稼ぎに来ている人が多く、私の通学バスのガイドさんも故郷に子供を置いて、働きに来ていた母親だった。私が一番ショックを受けたのは、物乞いの少女だ。地下鉄で座っていた私達家族の前に正座をして何度も頭を下げ、お金をくださいと手を差し出した。少女の姿は今でも脳裏に焼き付いている。同い年ぐらいの少女がなぜこんなことをしなければならないのか。当時はかわいそうというよりも、恐怖を感じた。日本でも貧困の問題はあるが、物乞いをする子供は見たことがない。この子供たちは学校へ通えているのだろうか。今はどうしているのだろう。少しでもあの時より幸せでいてくれたらと思う。

16歳の私が偉そうなことは言えないが、このような貧しい人たちはとても狭い世界しか知らないで生活しているのだと思う。現状が当たり前、習慣だから仕方がないと思って生活していることが最も大きく、またさまざまな問題にも通じている。水道水も、もっときれいな水に出来るかもしれないという事を知らなければ改善されない。たとえば日本には飲めない水を飲めるようにする技術を開発している企業があることを、テレビで見たことがある。この技術を生かして上海の水道からきれいな水が出るようにすることはないのだろうか。また貧富の差については、気づき始めた人がどんどん声を上げ始めているのが今の中国だ。若い世代の中には、日本が昔からずっと悪いことをしていると思い込んでいる人もいるようだ。

一方日本でも、中国に対してのイメージは決してよくない。よく知らないからだ。実際に今日本に住んでいたら、そう捉えずにはいられないだろう。現代のような大衆社会では、情報に偏見が含まれていることは言うまでもない。たとえば、食の安全性については全く良いイメージはない。秋になると上海では、道にいい匂いを漂わせて焼き栗を売るおじさんがいる。貧しい身なりのその人から、今の日本人は栗を買うだろうか。私は抵抗など少しもなく、よく買っていた。実際においしかったし、黄色く色づいたプラタナスの木の下で食べる焼き栗は秋の風物詩でもあった。中国の食べ物が日本より安全性に欠けている部分があるのは確かだ。しかしお互いを決めつけずに知ろうとしていかないといけない。もっといいことを知っていく努力も必要なのだ。

私はマイナスではない中国を知っている。上海に渡る前私は、中国の人の言葉は少しきつく感じるかもしれない、と親に念を押されていた。しかし中国を知った今思い返してみると、そんな忠告は日本人から見た中国にすぎなかったのだと気づく。外国とはいっても小学生だった私は両親に守られていた。今の歳で住んでいれば、感じるものは全く違ったのだろう。だからこそ、私にとって、ふるさとの一つともいえる中国の良さを知ってもらうために、日中の架け橋になれるような人になりたい。

問題を解決することは大切だ。しかし、目の前のことだけでなく長い視野で捉え、相手を理解すること。そして日本人も中国人も一方の考え方だけでなく、相手をまず知って、帰属意識や文化の違いを認めること。これが互いの国の人々がこの先幸せに暮らしていくために必要不可欠なのだと考えた。

「混沌」これが中国上海を表す、私にとっての一番の言葉だ。そこにはいろいろな匂いが詰まっている。

 

人民中国インターネット版 2014年12月

 

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