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鮑栄振 (ほう・えいしん) 北京市の金杜律師事務所の弁護士。1986年、日本の佐々木静子法律事務所で弁護士実務を研修、87年、東京大学大学院で外国人特別研究生として会社法などを研究。 |
中国には、十数年前から全国的に展開され、いまなお平行線をたどったままの大論争がある。それは、偽物と知りながら購入した者は「消費者」といえるか、という問題である。この論争は「王海現象」と呼ばれる。
1995年、当時、青島の会社に勤務する会社員の王海さんは、北京への出張中、本屋で偶然、一冊の本を手にした。そこには「商品またはサービスの提供において詐欺的行為があったときは、経営者は消費者に、商品価格の倍額の損害賠償をしなければならない」という『消費者権益保護法』49条の内容が書かれていた。
そこで王海さんは早速、北京、天津などの有名デパートで、偽ブランド品を買いあさり、デパート側に対して、商品価格の倍額の損害賠償を求める訴訟を起こしたのである。
これについて中国国内の新聞各紙は、賛否両論を展開した。「賠償金目当ての購入で、『消費者権益保護法』のいう『消費者』に該当しない」との批判から「企業の偽物商法はのさばるばかり。勇気ある行為だ」との喝采まで、さまざまな意見が出た。この論争で王海さんは一躍有名人になり、クリントン米大統領が訪中した折には、わざわざその対談相手に指名された。
中国の法曹界にも、「王海現象」をめぐる意見の対立がある。著名な民法学者である楊立新氏は「いかなる者も、偽物と知っていたか否かを問わず、その購入した製品が偽物と確認されれば、『消費者権益保護法』が適用されるべきである」と主張している。これに対して、同じく著名な民法学者の梁慧星氏は、偽物と知りながら購入した者を「消費者」としたのでは「生活上の消費の必要のために、商品を購入する者は消費者である」と定めた『消費者権益保護法』二条の趣旨に反する、と強調する。
裁判所の間でも、対立する二つの見解が並存している。そのため王海さんの訴訟は、勝訴したケースもあったが、敗訴となったケースも多い。
例えば、1996年8月27日と9月3日の両日、王海さんは天津にある某日系大手百貨店で、ソニー製コードレス電話機計5台を購入した。メーカーに確認したところ、この商品は密輸品であることが判明したので、王海さんは、商品代金の倍額の賠償金の支払いを求めて提訴した。一審、二審とも、王海さんは「消費者」に該当すると判断され、勝訴した。
他方、王海さんはほぼ同じ時期に、天津にある別の百貨店で、携帯電話を2台購入し、代金の倍額の賠償金を求める訴訟を提起したが、こちらの事件では、一審、二審とも敗訴となった。
その後、「王海現象」の影響で、全国各地に「職業として偽物撲滅に従事する者」が雨後の竹の子のように出現した。2004年春、上海だけで、偽物と知りながら購入し、倍額の賠償金を求める訴訟事件が百件以上も係争中であることが判明した。
そこで上海市高級人民法院は、「偽物と知りながら購入した場合、販売者の行為は詐欺に該当しない」という「指導意見」を打ち出した。この結果、上海市の係争中の事件で、偽物と知りながら購入したと認定された者は、すべて敗訴となった。
例えば、上海市楊浦区人民法院は、2006年1月、倍額の賠償金を求める訴訟を20カ月の間に18件も提起した閻さんについて「訴訟の方法で営利目的を追求する非消費者である」と認定し、その請求を棄却した。
ところが、「消費者」であるのか、それとも偽物と知りながら購入した者かを認定するのは、時としてきわめて困難な場合もある。例えば、閻さんが、ある大手百貨店でジーンズ4本を購入した後に提起した訴訟(2005年7月)では、百貨店側は、閻さんが以前にも倍額の賠償金目当てに購入したことがあるので「消費者」ではない、と主張した。しかし裁判所は、それを立証する証拠がないとして、閻さんの請求を認めた。
上海市高級人民法院の見解は、中国の裁判所の間では有力説となっている模様だが、『消費者権益保護法』に関する司法解釈が定まっていないため、論争は、今後も続くことだろう。
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